研究課題/領域番号 |
21K03455
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
町田 一成 立命館大学, 総合科学技術研究機構, プロジェクト研究員 (50025491)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | スピン三重項超伝導 / 非ユニタリー状態 |
研究実績の概要 |
申請時に取り上げたUTe2はその後次々と新事実が発表され世界各地で精力的に研究が行われつつある.この新物質の超伝導状態に見られる注目すべき実験事実は以下の通りである. (1)Hc2が結晶方位のどの方向に対してもパウリ極限の値を超えていてスピン一重項超伝導状態では理解できない.即ち、スピン三重項状態が実現していることはほぼ間違いない状況である.(2)最近のNMR実験によると低磁場においてナイトシフトは異方的である.b軸とc軸ではナイトシフトはTc以下で減少するのに対してa軸ではノーマル状態と同じ値をTc以下でも示す.これはdベクトルがbc面に成分をもち、a軸に垂直であることを意味する.(3)更に興味深いことにb軸とc軸のナイトシフトは磁場増加と共に次第にその減少量が小さくなり、高磁場ではTc以下でもノーマルのままの値に留まる.即ちdベクトルがbc面からa軸に磁場増加と共にゆっくりと有限の磁場領域にわたって回転していることが分かった.(4)圧力下でこの系は(H,T)平面において多重相になっていることが分かっているが、ここ各相それぞれに対してのナイトシフト実験がなされナイトシフトによる各相の特徴づけが行われた.低磁場相と高磁場相とは確然とナイトシフトは異なる状態にある.(5)STM実験によってこの物質のエッジに電流が自発的に流れていることが判明し超伝導がカイラル状態にあることが分かった.(6)Kerr効果の実験により超伝導状態において自発磁場が発生していて系の時間反転対称性が自発的に破れていることが分かった.(7)磁場回転比熱測定によって点状ノードの対がa軸に平行に存在することが明らかにされた. 以上の新事実を統一的に説明するために非ユニタリー状態にあるスピン三重項超伝導を想定した理論的な研究を遂行した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述の(1)から(7)の新事実を統一的に理解するための理論的な研究を遂行した.この系はUGe2, URhGe, UCoGeの類縁物質の超伝導体が強磁性転移を示すのに対して、静的な強磁性状態の長距離秩序は見出されていない.しかしNMR実験に依れば低周波数の強磁性揺らぎが低温において発達することが分かっている.このゆっくりとした揺らぎが超伝導電子の運動に比べて遅ければ強磁性状態が静的に存在することと実質的に同等である.この前提に立って上の3つの強磁性超伝導体をも含めた包括的な理論体系を構築した. こうした状況は超流動3HeのA相に磁場を印加した時にA1相とA2相に分裂する状況に類似している.圧力下の2段転移はA1相とA2相の転移と看做せることをGinzburg-Landau現象論に則り、立証した.即ち超伝導の対称性は非ユニタリー状態にあり超伝導オーダーパラメーターは(b+ic)(pb+ipc)と書くことができる.この状態は上述の(1)から(7)の新事実を統一的に理解することが可能である.即ち(1)のパウリ限界を破ることが可能である.(2)ナイトシフト実験に見られるa,b,c軸に対する方位別の異方性を説明する.(3)のdベクトルのゆっくりとした回転はスピン軌道結合が弱いことを仮定することによって説明できる.(4)の多重相図はA1相とA2相で理解できる.この状態はカイラル性を持っているのでエッジ電流が自発的に流れ(5)(6)と無矛盾である.ノード構造はポイントノードがa軸上にあり、これも回転比熱実験(7)と符合する. 以上のように当該研究課題「強相関電子系における多重超伝導相の理論研究」はUTe2を主たる研究対象物質として順調に進展していると言える.
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今後の研究の推進方策 |
以上に述べたように理論研究は順調に進行しているが、一方で様々な困難が理論の中にあることもまた事実である.理論はスピン空間がSO(3)対称性の下にあることを前提に導かれたものである.何故このような高対称にスピン空間がなっているのかについての物理的な考察を行うことが必要である.通常は結晶の空間対称性D2の下での既約表現によって超伝導対称性は規定されていると考えられていが、今回の物質でなぜそうでないのかは分かっていない.P.W. Andersonによるスピン軌道結合の強い極限下での群論による分類が特に現在のUを含む重い電子超伝導体に対しては用いられる.この方法に従うと空間対称性D2にはスピン空間も軌道空間も縮退した多次元の既約表現状態は存在しない.全て一次元表現である.従ってAndersonによるスキームには非ユニタリー状態のオーダーパラメーター(b+ic)(pb+ipc)を導く余地はない.UTe2の実験の解析からの要請でこのAndersonのスキームを解体し、強いスピン軌道結合の仮定を取り除く必要がある.そうすることによってdベクトルの回転を可能にすることができる.更にスピン空間のD2対称性を取り除き高対称性SO(3)を導入する.ここまでが現時点での理論の枠組みの前提条件である.即ちAnderson dogmaからの脱却である.軌道部分についてカイラルの要請が実験事実からあるが、これは更なる理論枠組みの飛躍が必要である.即ちそもそも群論による対称性への規制がどこまで有効かという根本的な問題を考察してく必要がある.この課題は難問であることに間違いはないが、実験事実に即して考えて行けば正解に達すると思われる.
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ蔓延の影響で計画していた国内外の研究連絡等が取りやめとなり全体の計画を一年延長した. 次年度においてはこれら予定されていた研究打ち合わせを実行して申請課題を遂行する.
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