研究課題
本研究の目的は、時間分解型のパルス電子回折および放射光X線を用いた共鳴軟X線散乱測定という世界的にも最先端の手法を用いることで、強相関電子系物質の結晶構造やスピン状態の超高速ダイナミクスを研究することである。特にフェムト秒領域の超短パルスレーザー照射下でこれらの物質の示す光誘起相転移に伴う構造と反強磁性状態変化に着目した研究を行う。本年度はスピン偏極したパルス電子線源を導入し、スピン偏極した電子線によるフェムト秒領域の時間分解型電子回折測定を行った。無偏極の電子線と同様に電子線の加速電圧は100keVに設定し、1kHzの超短パルスレーザーと同期した約3GHzのRF電場による電子線パルス幅圧縮という技術を用いて、ポンププローブ法によるフェムト秒領域の時間分解測定を実現した。スピン偏極した電子線でシリコン薄膜の電子線回折測定を行い、その時間分解能が200フェムト秒以下であることを確認した。また、反強磁性と強誘電性が結合したBiFeO3薄膜の電子回折測定を行い、その光誘起ダイナミクス上に300フェムト秒程度の周期のコヒーレントフォノンによる振動構造が現れることを見出した。このコヒーレントフォノンの周期は反強磁性と強誘電性が光誘起ダイナミクス上で結合しているモデルによって説明でき、この物質のマルチフェロイクス性と密接に関連していると考えられる。さらにスピン偏極電子線での測定も行い、反強磁性秩序と関連している回折ピークも観測された。
2: おおむね順調に進展している
スピン偏極した電子線源の装置を導入し、フェムト秒領域の時間分解測定を実現した。スピン偏極し十分高輝度な電子源でも200フェムト秒程度と世界最短クラスの時間分解能を実現している。また、反強磁性の強誘電体材料BiFeO3薄膜の測定を行い、その光誘起ダイナミクスにおいて、この物質のマルチフェロイクス性を反映したと思われるフェムト秒領域のコヒーレントフォノンを観測するなど、強相関物質の測定も順調に進展しはじめている。
出張制限などが不定期に起こる現在の状況では、当初の研究計画のように国内外の放射光光源のビームタイムを安定して確保することは難しくなっている。計画のように、国内外の放射光やXFEL施設を用いた測定を年に複数回行う形で、一連の光誘起の構造・スピンダイナミクスの全体像を確立していくのは非常に困難である。一方でフェムト秒領域の電子回折装置の開発はかなり順調である為、大学の実験室内のレーザー光源・装置を用いて、多くの物質の測定を数多く行うことで、光誘起ダイナミクスを考察することを重視する形で研究を行っていく方針である。今後は実際に多くの強相関物質の測定を行い、状況に応じて実行可能な研究をその都度見定めて、さらに研究を推進していく計画である。
次年度使用額が生じた理由であるが、今年度まではコロナ禍の影響で出張制限が不定期に起こる状況にあり、当初計画していたように国内外の放射光光源やXFELのビームタイムを安定して確保して、実際に出張し実験を行うことが困難であった。また、成果を発表する場である国際会議などへの参加も難しくなっている。今後は、光学測定など、大学の実験室内で行える他の多くの実験手法を組み合わせる形で強相関物質の光誘起ダイナミクスを研究してく予定である。その為に必要な装置を補充し、早急に成果を発表していく計画である。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (3件)
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