研究課題/領域番号 |
21K03475
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
水戸 毅 兵庫県立大学, 理学研究科, 教授 (70335420)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ディラック半金属 / トポロジカル近藤絶縁体 / 強相関電子系 / NMR |
研究実績の概要 |
〇 圧力の印加によって半導体-半金属転移を示す黒リンは、この転移圧力以上(P>1.3-1.5GPa)にてディラックフェルミオンが生じると期待される物質である。黒リンに、転移圧力直上の1.63GPaを印加し、31P-核磁気共鳴(NMR)測定によって得られた核スピン-格子緩和率1/T1の温度・磁場依存性の解析とその機構の検証を行った。特に、1/T1は磁場の印加によって顕著な増大を示すことが今回の強磁場下測定によって得られ、このことはフェルミ準位近傍の状態密度が磁場中で増大することを意味する。通常金属の場合、一般に1/T1は磁場に対して鈍感で、磁性体では1/T1が磁場変化することがあるが、その方向は磁気揺らぎが抑制されて1/T1が減少する方向で、本件とは逆である。このように、磁場によって1/T1が増大する現象は研究代表者が知る限り稀で、現時点でこれを説明する唯一のモデルは、3次元ディラックフェルミオン系にランダウ量子化を考慮した場合のみである。つまり上記の現象は、ディラック分散に磁場を印加するとエネルギーゼロ準位に現れる特異なランダウ準位(ゼロモード)を検出したものと結論される。本研究は、NMR測定がたとえ高圧下であってもゼロモード検出とその次元性同定に有効な測定手法であることを示した。 〇 トポロジカル近藤絶縁体の候補とされるSmSについて、圧力誘起磁気秩序が現れる3.2GPaまでの圧力下33S-NMR測定を行い、非磁性-磁性転移点近傍における4f電子状態や転移の次数、また磁気秩序構造を同定した成果をPhys. Rev. B誌に報告した。その後、さらに4.2GPaまでの圧力印加を行い、T1とナイトシフト測定に成功した。価数揺動状態とされる1.5GPaにおけるバンド構造の温度変化を同定するため、過去に報告された動的平均場理論によるバンド構造との整合性を検証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
〇 黒リンの研究については、現在「研究実績の概要」で述べた内容を論文投稿する直前の段階にある。計画していた半導体-半金属転移圧力直近(1.39GPa)における31P-NMR測定も進行中である。この研究には強磁場測定が不可欠であり、昨年12月に東北大学金属材料研究所にて一度強磁場測定を行ったが、技術的問題で予定していたほどのデータが取得できなかった。しかし、前回の測定中に問題解決に至ったので、今年度中にもう一度マシンタイムを取り、そこにて挽回が可能である。 〇 SmSの研究については、新型コロナウイルス感染症の影響のため、他大学にて予定していた高圧下磁化測定に遅れが生じているが、代わりに、これまでに得られているデータと理論との比較や、細かい測定技術の改良といった新たな課題に取り組んでおり、特に大きな後れがあるとは認識していない。日本高圧力学会誌「高圧力の科学と技術」にもこれまでの研究成果の掲載が決まっている。 〇 SmSと同じくトポロジカル近藤絶縁体として有力候補であるSmB6について、単結晶試料を用いたNMR測定の印加磁場方向依存性を調べる研究を進めている。これは、バルク特性(特に異方性)の理解を確かなものとし、ナノ粒子等の粉末試料の解析を正しく行うための準備である。本研究では、トポロジカル絶縁体特性をNMR測定によって検出するため、それが現れる表面部分を強調した試料としてナノ粒子化SmB6試料の研究を行う計画であることによる。上記の単結晶NMR測定において、予想していなかった異常な緩和の磁場方向依存性が観測された。現在、その機構を解明する作業を進めており、ナノ粒子化試料の測定への移行が遅れ気味であるが、これによって新たな知見が得られるものと考えている。 〇 昨年度予定していた幾つかの研究が今年度に移行されることになり、予算の一部を繰り越す。
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今後の研究の推進方策 |
〇 黒リンの研究について、迅速に「研究実績の概要」で述べた内容の論文投稿と雑誌掲載を目指す。実験については、東北大学金属材料研究所にて20T以上の強磁場下での測定(圧力は、半導体-半金属転移直上の1.39GPa)を行うため、マシンタイムの申請を行う。昨年度に測定上の技術的な問題解決を行い、測定が実施できているので、重要なデータが得られる確度は高い。より半金属状態に深く位置する1.63GPa圧力下でのデータと比較することにより、ランダウ準位の形成とフェルミ準位との関係等、磁場中のバンド構造に関する描像がよりクリアになると期待される。 〇 SmSの研究については、今年度中盤までに高圧下直流磁化率測定を完了させ(東京大学の研究グループと共同)、そのデータとNMR測定によって既に得られているナイトシフトを比較する。これにより、超微細結合定数の圧力依存性について吟味すると共に、Sm磁気モーメントの圧力誘起による非局在性―局在性変化について結論を出す。また、理論家の協力を得て、1/T1の高圧下における温度依存性を再現するSmSのバンド構造を提案する。これら二つの課題について年度内に論文投稿に至らせることを目標とする。 〇 SmB6の研究について、今年度中盤までに、単結晶試料を用いてNMRスペクトルとT1の異方性の詳細を調べ、それらの全方位の和として得られる粉末スペクトルの再現を可能にする。年度後半では、トポロジカル絶縁体としての特性が現れる表面部分を強調する試料形状として、SmB6試料のナノ粒子化と薄膜化を行う。前者については、遊星ボールミル装置を用いた微粉砕法により、本学に設置されている走査電子顕微鏡を用いて粒径等の試料評価を行う。後者については、分子線エピタキシー法による(大阪公立大学の研究グループと共同)。両形状の試料について、11B-NMR信号観測を可能にする技術改良に取り組む。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ感染症等の影響や予想外の研究結果の考察により、当初の研究計画よりも少しの遅れが出たため、昨年度購入予定であった物品の購入が遅れた。また、新型コロナ感染症の影響により学会、研究会、共同研究等のための出張が大幅に減った。
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