液晶相の1つであるネマチック相は長く、棒状分子の長軸方向は揃っているものの、頭尾の分布は対称で強誘電秩序を持たないものと考えられてきた。2017年に西川らはMandleらによって初めて強誘電ネマチック相が確認されて以来、多くの研究がなされてきたものの、その発現に関する物理機構については分からないことが多く残っていた。我々は、強誘電ネマチック相の1つであるDIO分子に関する量子化学計算、全原子分子動力学シミュレーションを行い、その発現機構について研究を行った。 1000~2000分子系を250nsec程、各温度で計算した結果、等方・ネマチック転移を観測し、その転移温度よりやや低い温度域で強誘電秩序の増大を確認することができた。分子の形状の役割と静電相互作用の役割を区別すべく、電荷を持たない分子系の計算も行ったところ、等方・ネマチック相転移は起きたものの強誘電秩序は観測することはできなかった。このことは、静電相互作用が強誘電秩序の発現に大きな寄与を果たしていることを示す結果である。一方、分子の長軸周りの回転を考慮し、長軸方向の電荷分布を求め、それに基づく分子間相互作用を調べたところ、頭尾が反平行の配置の方が揃った配置よりエネルギーが低く、 これだけでは強誘電秩序の発現は説明できないことが分かった。そこで、長軸に垂直な電荷の分布に着目し分子間の相関を調べたところ、強誘電秩序の発生に伴い分子近傍で相関が増大していることが分かった。しかしながら、この相関は系全体に及ぶものでなく、その秩序の増大や相転移が起こるものでなない。このことは、この分子の2つの軸の相関が強誘電秩序の発現に重要な寄与を果たしていることを示す結果である。
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