研究課題/領域番号 |
21K03534
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
静谷 謙一 京都大学, 基礎物理学研究所, 名誉教授 (50154216)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 量子多体現象 / グラフェン / ディラック電子系 / 原子層 / 軌道ラムシフト / 準位交差 / 端電流 / 軌道磁化 |
研究実績の概要 |
ディラック電子が電荷を運ぶ炭素の原子層「グラフェン」は画期的な電子特性を示す。二層、三層と積層するとその内容は格段に豊かになる。磁場中の積層グラフェンにはゼロ・エネルギー準位が複数現れ、軌道についても縮退するが、この縮退は価電子帯の多体の量子ゆらぎにより有意に解ける。この「軌道ラムシフト」に焦点を当てて、積層ディラック電子系に現れる多彩な多体量子現象の探求することが本研究の主題となる。 積層系の擬ゼロモード準位は充填率や外場に敏感に反応して準位の混合・交差を起こします。この準位混合という量子現象を「非可換ベリー位相」を介したトポロジーの変化として理解し、その内容を分類できることを示した論文を昨年度発表しましたが、本年度の物理学会で改めてその内容を報告しました。 昨年度onlineの国際集会に参加して、最近の実験では 微小SQUID 磁力計を用いて試料中の電流を直接検出できるようになり、試料端を流れる静的な電流が、それも (理論ではその可能性が予見されていた) 端に沿って交互に逆流する2種類の流れとなって観測されていることを知りました。この事実に刺激を受けてホール試料中の電流に焦点を当てた理論的考察を進めました。解析には研究代表者が以前に開発した手法を活用して、端電流は 量子化された軌道運動に由来する反磁性成分と試料端のポテンシャルに沿ってドリフトする(常磁性)端ホール電流からなることを明確に特定し、その実空間での分布を導出しました。その相反する分布からはそれぞれの起源を反映する普遍的な特徴が見て取れます。数値計算からは実験事実と整合する端電流の振る舞いが読み取れます。通常の電子系とグラフェンでは擬ゼロモードに伴う電流に決定的な違いがあることも分かりました。考察の詳細は1月に論文として発表し、年度明け直後に学会誌 (Phys. Rev. B) に掲載されました。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
量子ホール系に伴う電流については過去に多くの理論的な考察がなされましたが、実験で微視的な電流の検出が困難であったため、長らく決着がつきませんでした。近年の実験技術の進歩に伴い微視的な電流が観測可能となったことで、今後原子層の物性についてより広範な視点からの実験と理論の進展が期待できると思います。研究代表者にとっても、今年度の (電流分布についての) 研究は新たな関心への第一歩となりました。研究の基礎となる解析法は、量子ホール系が W_∞ (対称性をもつ) ゲージ理論の構造をもつことに着目して、外部プローブの解像度に応じて量子ホール系のハミルトニアンを軌道指数について代数的に対角化するという手順です。研究代表者が過去に開発したこの手法を今回は更に洗練し、特殊なゲージ変換を駆使してスペクトルや電流分布などを (電磁的ゲージ不変性を明確に保ちながら) 効率よく導出する系統的な理論的枠組みへと発展させることができました。研究内容の特色としては、端電流の特性と分布の解析を、多体相互作用の効果も取り入れて、通常の界面電子系からグラフェンの場合に拡張したことです。通常の電子系についての考察は比較的スムースに進展しましたが、グラフェンに特有な”相対論的” (量子多体系としての) 特質の吟味には手間取りました。しかしその際に、2種類の端電流と軌道磁化の直接的な結びつきを新たに認識することができました。
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今後の研究の推進方策 |
今までの考察から、磁場中の電子系における準位交差・混合という現象は多体量子効果を検出する (理論と実験の両面の) 格好の実験場であるとの認識を強くしました。また、今年度のホール系の平衡時の電流分布の考察から、充填率の変化に伴う軌道磁化の振動 (de Haas van Alphen 振動) の観察が試料端の電子状態や端電流を検出する間接的な方法であるとの認識にも至りました。引き続き、緩やかな試料端に伴う端電流に関する考察を、二層グラフェンの場合に拡張し、試料端での擬ゼロモードの混合の様子を 電流分布や軌道磁化の変化とも連携させて詳しく調べたいと思います。 準位交差については、過去にはスピンの交換相互作用による交差現象が観測されており、現在ではねじり角を持つ二層グラフェンや三層グラフェンの実験で磁場や外場の変化に応じて準位交差が出現する様子が観測されています。今後の実験では観測対象・内容の多様化とともに (相互作用の効果をも検出する) 精密化が進むと期待されます。個人的には、準位交差が電子間相互作用を考慮に入れた場合に (一体問題レベルの) 単純な交差に留まるのか、あるいは準位混合に変容するのか理論的に考察し実験で検証することに強い関心を覚えています。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度もコロナウイルスの蔓延が続いていたため、研究集会へは主にオンラインによる参加や近隣の会場への参加となったので、実質的に旅費の支出は昨秋の学会への出席1件となりました。次年度には対面形式の研究集会の機会も増えると思いますので、研究交流・情報収集のために旅費を有効に使用したいと思います。
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