地球材料物質の中で最も酸化的な炭素質隕石様組成の物質からも水素が高い収率で熱放出されることが、炭素質小惑星リュウグウ試料の元素組成を用いた熱力学計算から明らかになった。他の組成の材料物質からは水素がより効率的に生成されるため、水素に富む原始地球大気の形成は不可避だったと考えられる。太陽放射の短波長成分に駆動される水素の流体力学的散逸と大気光化学過程を丹念に数値シミュレートした。その結果、CH4やH2Oおよびそれらの光分解生成物の放射冷却によって、昇温を必要とする水素流失が緩慢になること、CH4を起点に光化学生成される有機分子が、太陽紫外線を遮蔽しH2Oの光分解を抑制して酸化剤となるO原子やOHラジカルの生産を妨げ、有機の高分子量化を自己促進することを明らかにした。本研究成果は、長期持続する還元的原始大気において、大量の水溶性有機物と不溶性有機物凝縮相の生産が起き、生命誕生に至る化学進化の場を地球表層に全球規模でもたらした可能性を示唆している。これまでは、還元的な原始大気からは速やかに水素が流失してしまい、原始大気における有機分子の生成は起きても限定的とする考えが主流だった。本研究は、地球上での生命の起源という、重要な未解決問題に対し、理論的裏付けをもった斬新な化学進化の場の描像を提供した。原始大気からの水素流失が緩慢であることは、水素大気を現有する地球型系外惑星が従来の推定よりも高い割合で存在することを予言する。
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