本研究は,地層を切る多数の断層方位データを解析して,それらを活動させた地殻応力と断層の摩擦係数を決定する手法を開発するものである.複数の応力を検出する手法は,2000年代以降にいくつか提案されてきた.岩脈・鉱物脈や方解石双晶を用いた応力逆解析では,混合確率分布と情報量規準を用いて応力数を決定できるようになっている.しかし,断層データを用いた解析ではそれができていない.これは,断層データの頻度分布を表現する確率分布モデルが存在していないためである. そこで本研究は,逆解析の目的関数を断層ごとに算出し,目的関数値の頻度分布を表現する確率分布モデルを考案した.目的関数は,従来の応力逆解析で最小化されるミスフィット角(観測された滑り方向と剪断応力がなす角)と,摩擦係数の決定において最大化される断層不安定度(滑りやすさ)の両方から構成される.複数の確率分布を重ね合わせた混合分布モデルと情報量規準を用いることで,自動的に複数の応力と摩擦係数を決定できる. 模擬データの解析により新手法の性能を検証した.模擬データとして,南北圧縮と東北東圧縮の2つの逆断層型応力に適合する断層群を混ぜ合わせたデータを作成した.前者の断層群は内部摩擦角を30°と想定し,断層不安定度の大きい方位に集中させた.後者の断層群の断層面の方位はランダムである.解析の結果,情報量規準によって応力数2が正しく選択された.主応力軸方位と摩擦係数もほぼ正しく決定されたが,摩擦係数の確度は比較的低かった. 2023年度は,天然の断層方位データを収集し,上記の新手法による解析を進めた.別府-島原地溝の第四系碩南層群(大分市付近)を切る小断層群と,房総半島の安房層群に適用した.結果として両地域で2つの応力が検出された.また,別府-島原地溝の断層群では古期の断層の摩擦係数が比較的小さい傾向が見られた.
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