研究課題/領域番号 |
21K03798
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
渕脇 雄介 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 生命工学領域, 上級主任研究員 (80468884)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 診断 / QCM / 振動数 / チップ / SARS-CoV-2 |
研究実績の概要 |
医療診断チップの分子認識界面において、前年度の研究では、QCM-D(Quartz Crystal Microbalance-Dissipation)を用いて抗体分子が抗原タンパク質とどのように相互作用するかを詳細に解析した。その結果、特異的な結合では振動数にパルス波のような変化が見られる一方、非特異的な吸着では振動数が徐々に上昇することが明らかになった。さらに、共振後の振動数の消散速度から、界面が硬質膜を形成しているにも関わらず、アディポネクチンのような抗原抗体反応において特異的なシグナルが得られる一方で、非特異的な吸着は完全に洗浄除去されていることが確認された。このことから、分子認識界面に親水性の層が形成され、非特異吸着が効果的に洗浄されていることが示唆され、他の抗原タンパク質への応用が期待されることが明らかになった。 そこで、本年度の研究では、アディポネクチンで確立された測定プロトコルを基に、SARS-CoV-2のSpikeタンパクのReceptor-Binding Domainを対象として、医療診断チップを用いた酵素免疫測定(ELISA)法の検出能を検討した。その結果として、従来の汎用マイクロプレートELISA法と比較して、測定時間が大幅に短縮され、医療診断チップによる測定はわずか15分で定量的な結果を得ることができた。また、測定プロトコルは非常に簡便でありながら、同等の精度を持つことも確認された。さらに、SARS-CoV-2の簡易抗原検査キット(イムノクロマト法)との比較では、開発した医療診断チップが100倍低い濃度までの検出能があることが示された。 こうした研究結果は、SARS-CoV-2に限らず、様々な抗原タンパク質への応用が可能であることから、複数の学会発表を行ったところ高い評価を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度の研究では、レーザ改質された分子認識界面のQCM-D表面解析により、親水性の層を保持しつつ硬質膜が形成されている可能性が示唆された。この知見は、当初の仮説である超短パルスのレーザ改質により、抗体分子が樹脂基板に結合しつつも親水基による層が形成される可能性を高めた。 したがって、今年度は簡易検査の既存品との同等性試験を行う予定であったが、親水性の層でありながら硬質膜を形成するという知見はこれまで例がなかったため、より高い学術的価値を得るために計画を変更することとした。具体的には、各項目の特徴をより正確に評価できるマイクロプレートELISAとの比較から分析学的な優位性を探ることに焦点を当てた。 結果として、測定時間の短縮とプロトコルの簡略化を達成しつつも、感度と正確性ではマイクロプレートELISAと同等の精度を有していることが確認された。このことから、本研究で得られた知見は分析学的にも有意な結果であることが裏付けられた。したがって、既存の検査薬との比較試験は来年度に延期することとした。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度であることから、レーザ改質とインクジェット印刷による分子認識界面の生産技術の学術的価値を調査するために、昨年度までにマイクロプレートELISAとの性能比較から得られた各項目の優位点を中心に、既存品との同等性を検討していく。特に、体外診断用医薬品の厚生労働省通知にある相関性試験において、相関係数が0.9以上となることを目標に検討を進める。 0.9以上の相関係数の達成が難しい場合には、基板表面のリコンビナントタンパク質の高濃度化や、診断用チップが最も性能を発揮する条件を探求する。また、同等性試験として、ドラッグストアなどで市販されている新型コロナウイルス関連の簡易検査キットとの比較試験を行う。この試験においては、本研究で得られた診断用チップの生産技術が実用的な利用に対してどの程度の歩留まりを持つかをはかるため、実際の感染検体からの測定も行う。 具体的には、研究用途として市販されている不活化処理された新型コロナウイルス感染血清を複数用いて、既存の簡易検査キットとの感度等の比較・評価を行う。この実験はルーチンワークとして進める部分が多くなるが、多数の検体を扱うことと、何度もトライ&エラーを繰り返す必要があるため、一部の実験については研究スタッフを雇用して、スピードアップを図る。また、シグナルとノイズ比の大きさについても検討を行い、臨床現場でも扱えるよう社会実装まで見込んだ検討を積極的に進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、本法(レーザ改質とインクジェット印刷による分子認識界面の作製)による優位性の検証では、市販で使用されている既存品との同等性試験と、標準添加法で調製した検体液に対する判定一致率が90%以上を目指す検討を予定していた。しかし、昨年度の超短パルスレーザによる分子認識界面の改質に関する研究において、親水性の層を保持しつつも硬質膜を形成するという新たな知見が得られた。このため、市販品との同等性試験を急ぐのではなく、生産工学としての歩留まり評価を行うために、公的法として普及しているマイクロプレートELISAとの各項目の比較を優先し、分析学的な優位性の抽出に焦点をあてて検討を進めることとした。そこで、今後こうした実験には、ルーチンな作業が多く含まれることや、多数のサンプルの処理と、多くの試行錯誤を重ねる必要がある。そのため、次年度の一部の実験においては、研究スタッフを雇用して、作業の迅速化を図る予定である。
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