タンパク質を,自身の形状を制御するためのロボット機構と見なすことで導かれる形状操作性の概念を一般化し,その厳密な定式化を行った.また,2点間に作用する引力または斥力に直接的に適合する「形状」の定義として,2点間距離の集合に基づいた新たな定義を考案した.さらに,弾性ネットワークモデルと構造コンプライアンス計算に基づくタンパク質の内部運動特性解析手法に,上記の概念を組み込み,これを計算機プログラムとして実装した.この計算機プログラムでは,与えられた構造の近傍の内部運動特性だけでなく,モデルの逐次的な更新により大規模な構造変化特性を計算することも可能となっている.加えて,汎用的に解析を行えるよう,解析条件設定,解析実行,解析後処理を行うためのコマンド形式のユーザーインターフェースの整備も行った.開発した計算機プログラムを用いて,複数のタンパク質の3次元構造データの解析を行ったところ,実際の内部運動特性を説明しうるという結果を得た. 従来から,生体機能分子とロボット機構の間には構造的なアナロジーがあることは知られてていたが,理論体系に設定された暗黙の強い制約のため,標準的なロボットキネマティクスを使って生体機能分子の解析を行うことは容易ではなかった.前年度までに,分子をロボット機構としてモデル化する汎用的手法,ロボット機構の逆運動学解析を分子に適用する手法,形状変化特性を解析する手法を示し,本年度,冒頭に述べた研究成果を得たが,これらはロボットキネマティクスに設定された暗黙の制約を適切に解除したことを意味すると同時に,生体機能分子を理解するという生命科学上の重要な問題に対し,ロボットキネマティクスという新たな視点と新たな道具を提供したことを意味する.
|