ベトナム中部の都市フエには、阮朝(1802-1945)の都城が形成された。フエの歴史的建造物群における宮殿建築は、多くが木造であり、戦禍や社会情勢などの影響を受けた。現在フエの歴史的建造物群内で確認できる漆・彩色塗装(以下塗装)の一部は、阮朝期やその後に遺構への塗装修理が行われたと推測されるが、フエ遺跡保存センターによる近年のものを除き、修理年代、技法、用材など、その具体的な資料が限られている。高温多湿で過酷な自然環境下で、近年修理以前の状況観察が難しくなりつつある中、フエ遺跡保存センターは、太和殿内で古材保存に取り組んでいる。 太和殿は、内部の扉と柱の一部に近年修理と近年修理以前との状況が確認できる皇城中心軸上の位置に現存する唯一の遺構であり、最高水準の伝統建築塗装技術を考察する上で、最も資料的価値が高い。早稲田大学中川武名誉教授が主導し、早稲田大学建築史研究室が行ってきたフエ王宮の文化遺産の保存修復再生のための一連の研究は、1990年代から開始し、フエ遺跡保存センターを主なカウンターパートとして、遺構の実測調査、復原研究、修復・保存方法などの研究が行われた。 本研究は、これまで早稲田大学建築史研究室が行ってきた一連の「ヴィエトナム・フエ阮朝王宮の復原的研究」を継承・発展して行っている研究である。早稲田大学建築史研究室とフエ遺跡保存センターの国際学術協同調査の成果に基づき、文献史料の記述、現地で採取した塗装技術との比較、塗膜の科学分析などを通じて、阮朝宮殿建築・太和殿の塗装技術について考察を試みた。
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