研究課題/領域番号 |
21K04892
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
岩崎 洋 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 技師 (70834159)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 電子顕微鏡 / 時間分解 / ホログラフィー / 誘電分光 |
研究実績の概要 |
電子顕微鏡を用いておこなう電子線ホログラフィーは,試料を透過した電子波と平面波とを重ねて得られる干渉像(ホログラム)に基いて,試料内の電磁ポテンシャルを観測する方法である。本研究では,これまで時間分解観測が遅れていた電子線ホログラフィーにおいて,サブ・マイクロ秒レベルのストロボ撮影を可能にするシャッター機構を電子ビームの静電偏向という素朴かつ安価な手法で実現するとともに,物質の誘電応答を二次元マッピング画像として得る材料解析手法の開発を目的としている。 ◆電子線ホログラフィーの時間分解能向上◆ 従来型の1段の簡便な静電偏向器を用いたストロボスコピックな露光によって,露光時間窓幅 0.5 マイクロ秒のホログラム撮影ができることを確認できた。より高い時間分解能(50 ns レベルを想定)の実現に向け,2段の偏向器に2系列の階段状電圧波形を供給する「差動ブランキング法」の実体化を進めている。 ◆材料の誘電応答解析◆ 液状のイオン伝導体であるイオン液体の薄膜を対象とし,外部から直流ないし交流の電圧を印加して液膜内部の電場を観測した。直流電場は試料の巨視的分極によって試料内部で遮蔽されるが,交流電場の周波数が高くなると電場の遮蔽が起こらないことが,時間分解露光で得られたホログラムに基づく位相像に認められた。これはイオン移動に基づく巨視的な電気分極の動的応答の限界を反映するもので,時間分解電子線ホログラフィーによって誘電特性の周波数依存を評価できることを実証するものである。 以上の検討を通じて得られた知見を,雑誌論文1報(査読付)と3件の学会発表として公表することができた。論文は本助成金の利用によって,オープンアクセス扱いとして出版することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の最短パルス露光達成には,提案する「差動ブランキング法」を実現するための電子線偏向器およびその高速駆動回路系の開発・調整が必要である。このように装置開発を伴うプロジェクトでは,往々にして期間の大半を装置開発に費やし,ようやく最終年度にデータが出始める場合がある。本研究では早期の成果発表を目的に,①短パルス化と,②材料解析への応用の,並走スケジュールを立てて進めてきた。 ◆短パルス化◆ 先年度に導入を計画した高速パルス発生器が,世界的な半導体部品不足の影響を受け,半年遅れで当年度に納品された。このパルス発生器を用いて,先年度に特許出願済みの2段の電子ビーム偏向器を組合せて短時間露光を実現する電極の形状および伝送線とのインピーダンス整合について検討を進めることができた。しかしながら,偏向器を電子顕微鏡の真空中に大気から遮断して設置・保持するための機構の設計が遅れ,期間中の目標達成について最大の懸念となっている。 ◆材料解析への応用◆ 先年度に集束イオンビーム装置を用いて作製手順を確立した"両側を金電極で挟まれた間隔 ~1 マイクロメートルの空隙"に,イオン液体の液膜を保持することができた。この試料を対象に従来型の1段のビーム偏向器を用いたストロボ・電子線ホログラフィーを適用し,イオン伝導体の動的応答を可視化する実験を進めた。イオン移動による材料の巨視的な電気分極によって,低周波電場は材料内部では遮蔽される。いっぽう印加電場の速い変化にはイオン移動が追随できず,電場の遮蔽は起こらない。用いたイオン液体試料では 10 kHz の交番電圧は遮蔽されないことが,ストロボ露光で得た位相像に明瞭に示された。 イオン液体の動的応答に関するこの観測結果を英文誌に投稿し,当年度内の出版に恵まれた。また,関連の内容について3件の学会発表も行い,意図した早い時期の成果発表を果たすことができた。
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今後の研究の推進方策 |
遅れている短パルス化促進のため 2023年度前半に電子ビーム偏向器の試作・完成に向けて集中する。 ◆短パルス化◆ 2023年 5月現在,電子顕微鏡に装荷可能な2段式偏向器の設計を行なっている。研究代表者所属機関のマシンショップによる支援を最大限に利用し,6月に試作偏向器の耐真空テスト・偏向動作テストを行ない,必要な修正があれば 8月を目途に改造・完成する。これを用いて,2系統の階段波形を組合わせた「差動ブランキング」シャッターの条件出しを行ない,50 ns レベルの時間分解能を見極める。 ◆材料解析への応用◆ イオン液体試料または前年度試料作製検討を行なった LATP系固体電解質を用いて,「画像化誘電分光法」の原理検討を行なう。内部に誘電特性の不均一領域を持つ試料を対象に,その領域をストロボ電子線ホログラフィーで画像化する検討を行なう。具体的には,集束イオンビーム装置を利用して意図的に誘電特性の不均一を作り込んだ試料を想定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
◆理由 電子ビーム偏向器試作が遅れたため。 ◆使用計画 電子ビーム偏向器作製用の材料・部品代金に充当して用いる。
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