研究課題/領域番号 |
21K04973
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
田地川 浩人 北海道大学, 工学研究院, 助教 (10207045)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 光誘起反応 / 光イオン化反応 / 理論反応設計 / 電子捕捉反応 / DNA損傷 / 理論分子設計 / 光劣化 / プロトン移動 |
研究実績の概要 |
化学反応速度は、周りの溶媒によって大きな影響を受ける.微視的溶媒和クラスターは,少数の溶媒分子によって取り囲まれた分子からなるナノスケールの溶液といえる. 本研究課題では,ダイレクト・アブイニシオ分子動力学(AIMD)法を,微視的溶媒和クラスター内での反応ダイナミクスの理論解明に応用した. 令和3年度は, 主に,以下の2テーマについて詳細な計算を行った. (1) 過酸化水素(H2O2)のダイレクト生成法の開発:H2O2は,安全かつ効率の良い水素キャリアーである. H2O2を触媒と反応させることにより,容易にH2を取り出すことが出来る.しかしながら,従来のH2O2製造方法は,貴金属触媒による多段階の反応により合成するため,高コストを要した.本研究では,微視的溶媒和された酸素原子イオン(O-(H2O)n)を光照射することにより,一段階でダイレクトにH2O2を製造する反応を理論設計した. O-(H2O)nを光電子脱離させると,3つの励起状態が生成する.ダイレクトAIMD計算の結果, O(1S)(H2O)n状態の酸素原子と水分子が反応し,100 fs以下の高速反応により, H2O2が生成することを明らかにした.これにより,触媒不要のダイレクト合成法が確立した. (2) 水素の吸着・脱着機能を持つ分子デバイスの理論設計:クリーンなエネルギーである水素を効率よく貯蔵する分子素子を開発することは、近い将来のエネルギー問題を解決する上で重要である。水素貯蔵デバイスは,少数の水素分子が微視的溶媒和した分子素子に相当する.本研究では,グラフェン表面に吸着させたマグネシウムが,効率の良い水素貯蔵デバイスであることを理論的に明らかにした.また,マグネシウムの電荷を外部から制御することによって, 水素の吸着・脱着機能を持つ分子デバイスとなることを明らかにした.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の当初の目標では,(1)ダイレクト・アブイニシオ分子動力学法を微視的溶媒和クラスター反応系へ拡張すること、および,(2)そのプログラムをテスト計算することの2つ課題が,2021年度の目標であったが,課題(1),および(2)は終了し,すでに,2022年度の目標である反応系への応用がスタートしている.特に,(a)「過酸化水素(H2O2)のダイレクト生成法の開発」について研究を行い、アメリカ化学会物理化学誌(J. Phys. Chem. A)への公表を行った [H. Tachikawa: Formation of Hydrogen Peroxide from O-(H2O)n Clusters, J. Phys. Chem. A, 2021, 125, 4598-4605.] .この研究により, 過酸化水素の触媒不要のダイレクト合成法が確立した. また,(b) 「水素の吸着・脱着機能を持つ分子デバイスの理論設計」の研究が順調に進行し, アメリカ化学会総合化学誌(ACS Omega)への公表を行った:[H. Tachikawa et al. Molecular Design of a Reversible Hydrogen Storage Device Composed of the Graphene Nanoflake-Magnesium-H2 System, ACS Omega, 2021, 6, 7778-785] . この研究により, 新規な水素貯蔵デバイスの理論開発が可能となった. 以上のことより,「研究の目的」の達成度として「当初の計画以上に進展している」と判断した.
|
今後の研究の推進方策 |
令和4年度の研究課題として,(1)「SN2反応ダイナミックスへの微視的溶媒和の効果」,および(2)「微視的溶媒和された一酸化窒素 (NO)の光反応の解明」を行う.テーマ1の求核的2分子置換反応(SN2反応)は,有機反応の中の基本反応一つである. しかしながら,その動的なメカニズムについて,ほとんどわかっていない. 特に微視的溶媒和の化学反応への動的効果についての情報は皆無に近い。本研究では、ダイレクト・アブイニシオ分子動力学法により,求核イオンによるSN2反応:X- + CH3Cl (X=ハロゲン、および分子),および、その溶媒を含む反応X-(H2O)+CH3Clを研究する.解明する点は,「微視的溶媒和(水分子,および水クラスター)の存在は,反応ダイナミクスへどのような影響を及ぼすか. たとえば、反応速度が加速するか, 減速するか?(抑制効果)を明らかにし,新たな反応を理論的に予測する. これまで、微視的溶媒和された一酸化窒素 (NO)が光反応により活性ラジカルになることを理論的に予測した.具体的には、水分子に微視的溶媒和されたNOが,光照射によって,活性ラジカル(HONO radical)になることを理論計算により明らかにした. 令和4年度は,この研究を発展させ,この活性ラジカルの反応性,および微視的溶媒和による安定化のメカニズムを解明する.
|
次年度使用額が生じた理由 |
2021年度(令和3年度)の未使用額は、計算機購入がDELL社の製品販売が遅れているため生じた。2022年度(令和4年度)は、計算機発売後、すみやかに購入する予定である。
|