これまでに,酵素反応の高い基質特異性の起源を原子・分子レベルで解明するために①基質-タンパク質の結合過程解析手法の開発,②原子核の量子性を考慮した反応機構解析を実施した.基質-タンパク質の結合過程の解析手法開発は,基質とその再近接のアミノ酸残基を反応中心として定義し基質の位置に応じて逐次的にアミノ酸残基を再定義し更新することによって自動的に反応中心を更新することが可能となった.また,基質とアミノ酸残基間に人工力誘起反応法を適用することによって,基質-タンパク質の結合過程の解析が可能となった.開発した手法を,Ir置換P450変異体酵素へ応用したところ基質の配向や初期位置によって反応中心へ至る経路中のエネルギー障壁に差が生じることがわかった.一方,初期周囲構造の依存性が大きく活性中心に近づくに従って安定化する場合や不安定化する場合が見られた.初期周囲構造の依存性を軽減させるために,反応中心の構造を動かす前に周囲構造を完全に最適化させるマイクロ反復法を適用したが傾向の改善は見られず,初期周囲構造の取り扱いについて今後の更なる検討が必要なことが示唆された. 原子核の量子性を考慮した反応機構解析については,ラジカル反応を検討したところ水素原子がローミングする場合には原子核の量子効果は小さく古典的に扱った場合と同様の反応障壁が得られた。一方で、1-2シフトや協奏的に水素原子が結合の組み替えに関わる場合に、原子核の量子性の重要性が見られ、原子核を古典的に扱った場合に比べて3~5 kcal mol-1程度の反応障壁の低下が見られた。本検討によって,分子間反応における原子核の重要性が示唆された。
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