研究課題/領域番号 |
21K04993
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
小野 純一 京都大学, 実験と理論計算科学のインタープレイによる触媒・電池の元素戦略研究拠点ユニット, 特定研究員 (30777991)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 新型コロナウイルス / COVID-19 / SARS-CoV-2 / メインプロテアーゼ / 共有結合阻害剤 / 酵素反応分子動力学法 / 自由エネルギー解析 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)を対象とし,ウイルス増殖に関わるポリタンパク質切断反応に対する触媒活性を共有結合形成により阻害する共有結合阻害剤の開発に向け,理論解析によって微視的知見を獲得することを目的としている.令和3年度には,(1)Mproと天然基質モデルに対する大規模量子分子動力学(MD)シミュレーションによる触媒反応機構の解明,(2)Mproと既知共有結合阻害剤に対する大規模量子MDシミュレーションによる阻害反応機構の解明ならびに(3)Mproと薬剤候補分子に対するバーチャルスクリーニングおよびドッキングによる結合親和性の評価を実施した. (1)基質存在下での触媒反応過程を対象とし,Mpro二量体,天然基質モデルおよび水溶媒全系(76770原子)を量子的に取り扱う大規模量子MDシミュレーションを実行した.計算にはスーパーコンピュータ「富岳」を用いた.その結果,アシル化過程において,自由エネルギー障壁がほぼ同等の2つの異なる反応経路が存在し,両者は反応中間体の有無の点で異なることが明らかになった. (2)ファイザーにより開発された共有結合阻害剤(PF-07321332)との阻害反応過程を対象とし,Mpro単量体,阻害剤および水溶媒全系(34297原子)を量子的に取り扱う大規模量子MDシミュレーションを実行した.計算にはスーパーコンピュータ「富岳」を用いた.その結果,活性部位においてMproと阻害剤の中間に位置する水分子を介したプロトンリレーによって阻害反応が進行することが明らかになった. (3)複数の結晶構造に対してバーチャルスクリーニングを実施し,薬剤候補分子Xを選定した.天然基質モデル,既知阻害剤およびXに対してアンサンブルドッキングを行い,結合親和性を評価した.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下に示す各テーマの進捗状況から「(2)おおむね順調に進捗している」と判断した. (1)当初の計画通り,Mpro二量体と天然基質モデルに対する大規模量子MDシミュレーションによる触媒反応機構の自由エネルギー解析を行った.76770原子からなる大規模系を量子的に取り扱うため,分割統治型密度汎関数強束縛(DC-DFTB)法を採用した.また,遅い化学反応を効率的に取り扱うため,拡張サンプリング法の一種であるメタダイナミクス(MetaD)法を採用した.MetaD法では,化学反応を特徴付ける集団座標の選択が重要である.本研究では,アシル化過程における2段階のプロトン移動と求核置換反応に着目して,各反応に関わる有効配位数の和を新たな集団座標として採用し,独自に実装を行った.DC-DFTB-MetaDシミュレーションをスーパーコンピュータ「富岳」で実行し,reweighting法および重み付きヒストグラム解析法により自由エネルギー解析を実行した結果,自由エネルギー障壁がほぼ同等の2つの異なるアシル化反応経路を新たに見出した.また,片方の経路においてのみ反応中間体が存在することも明らかにした.本テーマによって,天然基質の触媒反応過程に関わる知見の獲得に成功した.現在,本成果の論文投稿に向けて準備を行っている. (2)令和3年度の当初計画にはなかったが,翌年度の研究計画を前倒しして,Mpro単量体とPF-07321332に対する大規模量子MDシミュレーションによる阻害反応機構の自由エネルギー解析を行った.その結果,天然基質モデルとは異なり,水分子を介したプロトンリレーによって阻害反応が進行することを明らかにした. (3)当初の計画にはなかったが,バーチャルスクリーニングによって薬剤候補分子Xを新たに特定した.アンサンブルドッキングの結果,Xが既知阻害剤と同等の高い結合親和性を示すことを見出した.
|
今後の研究の推進方策 |
Mpro二量体,共有結合阻害剤および水溶媒を含む全系を対象とした大規模量子MDシミュレーションを実行し,酵素活性を共有結合形成により阻害する反応過程の自由エネルギー解析を重点的に行う.複数の阻害剤候補分子に対してこのような計算・解析を行い,それぞれの阻害反応過程の分子機構を解明するとともに,各阻害剤の結合反応性および可逆性を自由エネルギーの観点から評価する.令和3年度の(2)において,Mpro単量体とPF-07321332を対象とした予備的な計算・解析を既に実施した.令和4年度には,本計算・解析をMpro二量体へと拡張するとともに,他の共有結合阻害剤の候補として,ChEMBLで高い活性を示すことが報告されているAmuvatinibや,令和3年度の(3)において特定した薬剤候補分子Xなども採用する.Mproと共有結合阻害剤の複合体の結晶構造が存在する場合,Mproと阻害剤との間の共有結合を切断した上でその結晶構造を初期構造として採用する.結晶構造が存在しない場合,ドッキングにより初期構造を生成する.古典MDシミュレーションによって予備平衡化を実行した後,DC-DFTB-MDシミュレーションによって平衡化を実行する.平衡化後の自由エネルギー解析を効率よく実行するため,拡張サンプリング手法の一つであるMetaD法を引き続き採用する.MetaDの集団座標として,各反応を特徴付ける有効配位数の線形結合を採用する.DC-DFTB-MetaDシミュレーションをスーパーコンピュータ「富岳」などで複数回実行し,reweighting法および重み付きヒストグラム解析法によって自由エネルギー曲面を得る.その後,各阻害剤の反応性・可逆性を自由エネルギーの観点から評価するとともに,阻害反応過程における主要な構造変化・電子状態変化を具体的に特定し,薬剤候補分子の更なる探索・開発に繋がる知見を獲得する.
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題の遂行には,スーパーコンピュータ上での大規模な酵素反応分子動力学シミュレーションの実行およびその結果得られる膨大なデータの解析が必須である.当初,本研究課題の遂行に必要な計算機資源を十分に確保するため,スーパーコンピュータ「富岳」と同一性能を誇るスーパーコンピュータ「不老」の利用負担金を重点的に計上していた.その後,当初の計画にはなかったが,HPCI (High Performance Computing Infrastructure) の令和3年度B期「富岳」利用研究課題に採択され(課題番号: hp210214),令和3年10月より1年間スーパーコンピュータ「富岳」が利用可能になった.その結果,「不老」の利用負担金を支払うことなく本研究課題の遂行が可能となり,次年度使用額が生じた.また,令和3年度途中に革新的AI分子シミュレータ「Matlantis」が利用可能となったため,当該年度の助成金を次年度の助成金と合算した上で,令和4年度に「Matlantis」を重点的に利用するよう計画を変更した.さらに,当初の計画にはなかったが,令和4年度より本研究課題に新たに参画する大学院生・学部生の計算機環境を構築するために助成金を使用する.
|