本研究課題では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスSARS-CoV-2の増殖に必要なポリタンパク質加水分解を触媒する酵素メインプロテアーゼ(Mpro)を対象としたインシリコ創薬研究を実行した.具体的には,Mproの酵素活性を化学反応によって阻害する共有結合阻害剤の開発に資する知見を得るため,大規模量子分子動力学(MD)計算および自由エネルギー解析を用いた理論解析を実施した.令和5年度には,(1)Mproの薬剤耐性変異体と天然基質モデルに対する触媒反応機構の解明ならびに(2)Mproと新規候補化合物に対する阻害反応機構の解明を実施した. (1)ファイザーによって開発・承認された共有結合阻害剤nirmatrelvirに対して薬剤耐性変異体(L50F/E166V)の存在が確認された.この変異体の基質存在下での触媒反応過程を対象とし,Mpro変異体二量体,天然基質モデルおよび水溶媒全系(76763原子)を量子的に取り扱う大規模量子MDシミュレーションを実行した.その結果,薬剤耐性変異によって,野生型のアシル化過程において存在した反応中間体が不安定化されることが明らかになった. (2)令和4年度に仮想スクリーニング・アンサンブルドッキングと大規模量子MDシミュレーションとを組み合わせたハイブリッド型インシリコ創薬を実行し,共有結合性の新規候補化合物(Compound 1)を同定した.令和5年度には,MproとCompound 1との共有結合形成過程を対象とした大規模量子MDシミュレーションを実行した.Mpro野生型単量体,Compound 1および水溶媒全系(36309原子)を量子的に取り扱う大規模量子MDシミュレーションと自由エネルギー解析の結果,Mproの活性部位から阻害剤への水分子を介したプロトン移動と求核攻撃によって共有結合形成が進行することを見出した.
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