研究課題
本年度は次の3つの項目に焦点を当てた研究を行った。i)分子性結晶中では、温度Tで熱平衡状態にあるため、それによる分子間配置のゆらぎが存在し、それが分子集合系の電子物性に影響を与えると考えられる。励起子キャリア生成過程の一つである一重項分裂(SF)を例として、SFに対する熱ゆらぎ効果を考慮する量子・古典ハイブリッド型の計算スキームを新たに開発し、ペンタセン分子性結晶における熱的構造ゆらぎがSF を高速化する機構を初めて理論計算により明らかにした。成果はアメリカ化学会の物理化学誌に掲載され、特に後者はSupplementary Coverにも採択された。ii)本研究で主題としている開殻分子の一次元積層集合系の物性を議論し制御するための、開殻電子状態を特徴づける簡便なパラメータを検討した。単分子レベルの開殻電子状態を特徴づけるジラジカル因子を無限系の場合に拡張するため、有限N量体のジラジカル因子yiの平均値と分散を計算し、それをN→∞に外装するスキームを提案した。平均値のN→∞の極限値は固体中の平均的な開殻性を、分散の極限値は分子間相互作用(価電子帯や伝導帯のバンド幅)に対応する。ジラジカル因子はどのような系についても定義できる無次元量であるため、これは分子種によらない集合系の設計指針構築に有用である。得られた成果はR5年度初頭に学術雑誌に投稿するため準備中である。iii)電荷移動錯体のような分子性結晶の中には有限個数のドナー分子が集合体を形成し、全体でモノカチオンやジカチオン状態になっているものが実験的に観測されているが、各単量体ごとの電荷分布を決めている要因については未解明であった。本年度はこのような分子性結晶における分子系の軌道広がりを考慮したモデルハミルトニアンを新たに構築し、電荷分布を決める要因が電子間/ホール間のクーロン反発で説明できることを見出した。
2: おおむね順調に進展している
本課題においては、開殻分子の集合系における分子設計指針を構築する上で最もネックであったことは、単分子レベルの設計指針と分子集合系レベルの設計指針の両方に適用可能な支配因子の抽出であり、その開拓が本研究課題の主題の一つであった。R4年度では、平均ジラジカル因子とその分散をN→∞に外装するスキームを新たに考案し、それらの値の意味を明らかにすることが出来た。ジラジカル因子は無次元量である。通常分子種によって最適な分子間配置(距離、配向など)が異なるため、設計指針の構築はそれぞれの系ごとに得られることが多いが、このジラジカル因子に基づく指針を活用することで、系によらない指針を得ることが可能である。当初の研究目的において最も重要な点をクリアにすることが出来たと言える。
R3,R4年度で、開殻系からなる固体状態の電子状態-物性-機能の相関関係を明らかにするための、基本的な解析法、ツールなどを整備することが出来た。最終年度は実験とも対応できる量(光学スペクトル、キャリア輸送特性など)の計算や解析にこれらの手法を適用し、新規開殻固体分子性材料の提案などにつなげる。
すべて 2023 2022 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件) 学会発表 (88件) (うち国際学会 25件) 備考 (1件)
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