まず、開殻分子からなるπ積層による光物性制御や材料設計に有用な理論モデルの構築をおこなった。拡張ハバードモデルをベースとして、π積層方向に各分子のπ軌道が広がりを持つという特徴を反映したモデルハミルトニアンの拡張を行った。この軌道広がり効果はπ積層N量体のカチオン状態において顕著な電荷密度分布をもたらすことを明らかにし、実在の電荷移動錯体のドナーπ共役分子三量体で観測されている実験結果を説明できた。軌道広がり効果は構成分子の個性を反映するパラメータであり、分子積層系からなる光機能マクロ物質の量子設計において重要な因子の一つになると期待される。 また、中性π共役分子からなる対面π積層N量体のHOMO-LUMOギャップを制御する構造要因を明らかにするため、ヒュッケルモデルに基づく軌道準位構造と原子価結合モデルに基づくジラジカル因子の定義を組み合わせた理論解析を行った。対面π積層N量体の相互作用構造はラダーグラフ構造に対応する。単純ヒュッケルモデルにおけるギャップ消失の条件は見出されていたが、本研究では分子内と分子間の相互作用の強さが異なる場合での条件式を導出した。条件式は、分子内と分子間のジラジカル因子を変数として含み、後者は積層距離と関係する。よって、得られた式はある単量体をどの距離で積層すればギャップが消失するか予測でき、また、分子内・分子間ハイブリッド共役系でラダーグラフ構造を実現する新たな提案にも成功した。 また、実験研究者と協力して反芳香族分子であるπ拡張された縮環ペンタレンの結晶において特徴的な構造歪み(結合長交替)の温度依存性の機構を高精度電子状態計算に基づくポテンシャル面解析から明らかにした。これは結晶場の効果によりギャップが消失するような分子内構造変形が誘起される可能性を示唆しており、開殻分子の新奇光機能マクロ物質の設計指針構築において重要な情報がえられた。
|