最終年度では、前年度までに確立した赤色リン光の知見を基に、近赤外領域でのリン光発光について検討した。赤色リン光性のベンゾチジアゾール色素に対し、硫黄原子をセレン原子に置換したベンゾセレノジアゾール色素は 720 nm 付近にリン光発光を示し、近赤外領域でのリン光発光の発現に成功した。一方、リン光寿命は約 70 マイクロ秒であり、母体色素より短寿命となった。セレン重原子効果による項間交差の促進が、短寿命に反映した結果である。更に、リン光量子収率は 1.6% であり、母体色素と比較して大きく低下した。長波長発光系で生じる、ハンドキャップ則に基づく消光が促進した結果である。 本近赤外リン光色素はパイスタッキング相互作用により一次元方向に会合し、本一次元会合構造はメトキシ基間の相互作用で安定化されていた。これらの多点相互作用により分子運動が抑制され、励起三重項状態が安定化することでリン光が発現している。本会合構造は母体色素と同じパッキング様式を示し、セレン原子の置換においてもリン光発光性の結晶構造を維持することが判明した。以上の結果より、リン光色素母体に重原子セレンを導入することで、長波長側の近赤外領域にリン光発光を発現できる知見を見出すことができた。 本研究では、メトキシ基と臭素原子を導入したベンゾチアジアゾール色素が、室温・大気下において赤色リン光を与えることを見出した。メトキシ基と臭素原子が項間交差の促進と励起三重項状態の安定化に寄与することで、赤色リン光が発現している。本赤色リン光は、メトキシ基をフッ素原子に置換した色素や母体色素部位をキノキサリンに置換した色素等の一連の色素群においても認められ、一般性を見出すことができた。更に、ベンゾチジアゾール色素母体の硫黄原子をセレン原子に置換することで、長波長側の近赤外領域でのリン光発現に展開できる知見を見出した。
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