本研究では,近赤外線(NIR)に関する技術革新に資するNIR吸収有機材料を創製することを目的として,(1)閉殻一重項と開殻一重項の中間状態にあるπ共役系分子の創製,(2)得られた中間開殻性分子群の構造―物性相関の解明,(3)分子集積体の磁気特性および有機半導体への展開,に関する課題に取り組んだ。2年度目までに,1000 nmを超える領域に強い吸収を示す多様なNIR吸収クロコナイン(CR)色素およびスクアレン(SQ)の合成に成功し,分子構造が中間開殻性や電子遷移エネルギーに及ぼす効果を明らかにしており,計画(1)と(2)を概ね完了した。最終年度である2023年度には,NIR吸収色素のコンフォメーション変化と中間開殻性の相関と,計画(3)にあたる中間開殻性NIR吸収色素の非線形光学特性,磁気特性,半導体特性に関して検討を行った. 初年度に開発した中間開殻性SQ色素群はシス-トランス異性体の混合物として単離されていた.シス-トランス異性化の活性化障壁は,ジラジカル構造の寄与が高くなれば低下することが判明した.一方,中間開殻性CR色素群は二光子吸収特性を示し,二光子吸収の遷移エネルギーと中間開殻性に相関がみられた.また,いくつかのCR色素は結晶―結晶および結晶-液体相転移を示し,相転移に伴って磁化率が劇的に変化することが判明した.このように本研究では,これまで閉殻分子として捉えられていたSQ色素やCR色素はジラジカル構造の寄与をもつことを示すとともに,ジラジカル構造が分子構造変化や固体物性に深く関わっていることを明示した. 一方,中間開殻性CR色素を用いて薄膜トランジスタを作製して評価したが,それらは優れた半導体特性を示さなかった.これは,CR色素薄膜の形成に問題があると見られ,その改善が課題として残された.
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