鉄は全ての生物の生命維持に不可欠な元素である。しかし、過剰に蓄積された鉄は活性酸素の発生源となるため、生体内の鉄濃度は厳密に制御されている。ヒトなどのほ乳類には、制御可能な鉄の排出経路がないため、鉄の吸収調節が生体内鉄濃度の維持に最も重要なステップとなる。通常、ヒトは十二指腸(小腸上部)の柔毛を形成する粘膜上皮細胞で鉄を吸収することが唯一の鉄獲得手段となっている。この細胞に取り込まれた鉄イオンは、細胞内鉄輸送タンパク質PCBPに結合し、鉄貯蔵タンパク質フェリチンへと運ばれるか、毛細血管側に放出されて血清タンパク質に結合し血流にのって全身を巡る。このようにして、様々なタンパク質を仲介することにより反応性の高い二価鉄イオンが細胞内を安全に輸送される。これらのタンパク質の機能不全により鉄代謝のバランスが崩れると、鉄欠乏あるいは鉄過剰となり生命維持に危険をもたらすことが知られている。しかし、腸管上皮細胞内に取り込まれた鉄イオンが安全かつ効率よく輸送されるメカニズムは分子論的な理解が進んでおらず不明な点が多く残されている。 本研究では鉄シャペロンPCBPを中心に細胞内鉄輸送の分子機序の解明を目指している。令和5年度はヒト由来PCBPと膜貫通型鉄還元酵素Dcytbの組換えタンパク質を用いて、生化学的な性質を調べることで、DcytbのC末端に存在する細胞質領域とPCBPが複合体を形成することを明らかにした。さらに、PCBPと二価金属トランスポーターの複合体形成を調べるためにヒト由来DMT1の組換えタンパク質の発現精製法を確立した。さらに、ヒト由来フェリチンの組換えタンパク質をH鎖とL鎖について調製し、鉄イオンの結合の有無に伴うフェリチンとの複合体形成を検討した。その結果、鉄イオン結合型PCBPはフェリチンH鎖と効率的に複合体形成することを見出した。
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