研究課題/領域番号 |
21K05294
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
菱木 貴子 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (10338022)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | ポリスルフィド / 表面増強ラマンイメージング / 薬剤耐性癌 |
研究実績の概要 |
申請者等は、金ナノ粒子基板を用いた表面増強ラマンイメージング(Surface-enhanced Raman Spectroscopy imaging:SERS imaging)技術を駆使し、ポリスルフィド(R-Sn-R:PS)を含む活性硫黄分子種の相対定量と、組織内分布の非修飾・無染色での画像化に成功した。この技術を用い、薬剤抵抗性が高く難治性癌として知られる卵巣明細胞癌と薬剤治療効果が高い卵巣漿液性癌のヒト凍結手術検体のSERS imagingを実施した結果、漿液性癌に比べて明細胞癌では組織中のPS濃度が高かった。一方で、明細胞癌はPSが高い群と低い群でばらつきが大きく、高い群は薬剤抵抗性が高く術後生存期間が短い一方で、低い群では薬剤治療効果が高いことも明らかとなった。 そこで次に癌組織におけるPS産生メカニズムの解明を目的として、PSの産生に関与することが知られている酵素群についてヒト凍結手術検体を用いた免疫染色を行った結果、PS産生酵素のひとつであるcystathionine gamma-lyase(CTH)の発現量と術後生存日数との間に相関が認められ、CTHの発現が高い症例では化学療法抵抗性が高く予後不良となることが示された。 またPSを標的とした癌の治療介入の可能性について検証するためPSを消去する既存薬を探索したところ、去痰薬であるAmbroxolにPSの分解作用があることがSERS imging技術により確認出来た。そこで卵巣明細胞癌の細胞株であるOVISEにAmbroxolを添加したところ、OVISEの細胞増殖が抑制され、さらにOVISEを免疫不全マウスの皮下に移植したXenograftモデルに白金製剤であるCisplatinとAmbroxolを併用投与した結果、AmbroxolはCisplatinによる腫瘍退縮効果を増強することが明らかとなった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2022年度中に本課題の成果を論文として投稿する予定であったが、予定よりも早く2021年度内に投稿し、採択となった。論文投稿に伴い、予定していた実施項目の優先順位を変更した。 卵巣明細胞癌の細胞株であるOVISEを免疫不全マウスの皮下に移植したXenograftモデルによるCisplatinとAmbroxolとの併用投与による腫瘍退縮効果検証の実験は当初2022年度に実施予定であったが、論文投稿との関連で急きょ前倒しし2021年度に実施した。
|
今後の研究の推進方策 |
卵巣癌と同様に難治性癌として知られる膵臓癌についても、ヒト凍結手術検体を用いたSERS imagingにより同一症例由来の膵癌部と膵癌部から距離のある慢性膵炎部の比較を行った結果、膵癌部とその近傍の癌間質部のみでPSの増加が確認出来た。そこで2022年度は膵癌部におけるPS増加のメカニズム解明を目指し、膵癌組織の質量分析イメージング(MS-imaging)を実施し、PSを含む活性硫黄分子種の膵癌部における動態を検証する。これまでの予備検討結果から、膵癌部では慢性膵炎部に比べてチオール化合物のひとつであるシスチンが増加していることが示唆された。 またチオール関連酵素群の遺伝子発現を網羅的に検証するため、ヒト凍結手術検体を用いたVisium(空間的遺伝子発現解析)も検討を始めており、膵癌部と慢性膵炎部でのチオール関連酵素群の発現の違いについて引き続き検証を行う。 膵臓癌は、癌細胞塊が他の癌種に比べて小さく複数個所に散らばることが特徴で、膵臓癌の標準的な検査法である「超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診」では、初期の膵臓癌に罹患していても採取された組織に癌細胞が含まれる確率が低く、癌関連線維芽細胞(cancer-associated fibroblast:CAF)のみが採取され、癌が見過ごされる可能性が高く判断が難しい。 本研究により膵癌部におけるPS増加のメカニズムが明らかとなれば、PSをバイオマーカーとした膵臓癌の早期診断やスクリーニング法の開発にも繋がる有用な知見となることが期待出来る。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定よりも早く2021年度中に本課題の成果を論文として投稿し、採択された。それに伴い研究実施項目の優先順位を大幅に変更したため。 2022年度は膵臓癌での検討を推進する。質量分析イメージングやラマンイメージング等の技術を駆使し、まずは条件検討から開始する。2022年度の研究費は主にこれらのイメージング解析に使用予定である。
|