研究課題
シアノバクテリアは約27億年前に誕生したとされ、温泉や氷河、淡水、海水、土壌など極めて多様な環境下で多様な種が観察される。それぞれの種には固有の至適生育条件が存在するが、あるシアノバクテリアが外来遺伝子の獲得を伴わずに自らの生育限界を超えた環境条件に適応するにはどれほどの時間と突然変異の累積が必要なのかという疑問は、細菌の進化に関わる根源的なテーマである。技術的・時間的制約のため非常に困難な研究であるが、近年のゲノム解読技術の発展により実験室進化の実験系をデザインすることが可能になってきている。本研究においては、常温性のシアノバクテリアSynechococcus elongatus PCC 7942(以下、PCC 7942)を生育限界温度条件下で長期連続継代培養することで、遺伝子組換えを伴わずに生育上限温度や増殖速度が向上するような適応進化株を育種すること、及びその高温適応機構の解明を目的としている。生育上限温度である43℃から実験を開始し、8年間の連続継代培養を繰り返した適応進化株(HT株)は寒天培地上では50℃付近に達しても継代培養可能な株となった。一般にPCC 7942株は生育上限温度以上の温度に曝されると細胞形態が分裂異常により長いフィラメント状になり細胞増殖は抑制されるが、適応進化株では高温下でもこの細胞のフィラメント化が起きにくいことが明らかになった。適応進化株の全ゲノム配列をリシーケンス解析により決定し、累積的な突然変異の蓄積を確認できたため、これらの変異遺伝子座について、これまでの知見も踏まえて新たに機能解析を開始した。また適応進化株において至適生育温度のトレードオフが起きたかどうかについて検証実験をおこない、高温での生育速度が増加した反面、低温での生育速度は低下したことを確認した。またこれらの高温適応進化株については定期的に冷凍保存株を作製した。
2: おおむね順調に進展している
適応進化株において生育温度帯のトレードオフが発生したかどうかのデータを揃えることができたことは大きな進展だった。液体培養時には生育上限温度が少し下がることを再現的に確認できたため、培養条件により細胞にかかるストレスに違いが出ることの問題を切り分けることができたことも良い点だった。また、恒温器内部の温度計測用に複数のデバイスを用いることやライトメーターにより培養光源の照度の経年劣化を早期検知することで、より安定に培養条件を維持できている。当初予定していた酸素濃度測定用の機器が利用できない状況になったため、小型の代替機器を購入して対応した。
緩やかではあるがさらなる生育上限温度の上昇が見込める感触があるため継代培養はそのまま継続する。定期的なリシーケンス解析も継続して実施すると共に、予算の許す範囲で網羅的遺伝子発現解析をおこなう。並行して取得した別ラインの高温適応進化株の整備と種々の遺伝子組換え実験や形態観察、生理的データなどの取得に力を入れる。変異遺伝子の配列について、他のシアノバクテリアの相同遺伝子との間で比較解析を順次進める。
新型コロナウイルスCOVID-19の第5波、第6波の流行による学会や研究集会の中止により予定していた出張計画に大幅な変更が生じたため次年度に予算を繰り越した。次年度もCOVID-19の影響から出張計画に大きな影響が生じることが予想される状況であることから、実験に使用する消耗品や雑費などの費目に振り替えるなどして適切かつ柔軟な対応により予算執行する計画である。
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