温度は生体分子の分子運動、構造、反応性を支配する根源的な物理量であり、細胞内外の温度変化は細胞増殖や物質代謝、情報伝達など幅広い細胞機能に影響を与える。このため、温度変化を感知し、その変化へと適応することが細胞機能を維持するために重要である。生体膜を構成するリン脂質は温度変化の影響を最も強く受ける生体分子の一つである。温度が低下するとリン脂質の分子運動が低下するため、生体膜は密に充填された流動性の低い状態へと変化する。しかし、細胞はリン脂質の脂肪酸鎖における不飽和脂肪酸(二重結合を含む脂肪酸)の割合を増加させることで、生体膜の流動性を高め、低温環境でも生体膜の物性と機能を維持することが出来る。このため、脂肪酸に二重結合を導入する脂肪酸不飽和化酵素は温度適応において重要な酵素であると考えられている。しかし、その分子機構については不明な点が多く残されていた。本研究では、脂質組成およびその制御機構がシンプルなショウジョウバエ培養細胞を用いて、リン脂質の化学構造と熱産生機構との連関について、解析を進めた。その結果、低温曝露時に脂肪酸不飽和化酵素DESAT1がミトコンドリアにおける不飽和脂肪酸含有リン脂質を増加させることで、クリステ構造の再編を伴うATP合成酵素(F1Fo-ATPase)の多量体形成と酵素活性の制御を介して、ミトコンドリアにおける熱産生を細胞自律的に活性化することを明らかにした。さらに、ミトコンドリア以外のオルガネラにおいても脂肪酸不飽和化酵素DESAT1により脂質膜の組成と機能が制御されることを明らかにした。
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