研究課題/領域番号 |
21K05407
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研究機関 | 大阪工業大学 |
研究代表者 |
小林 正治 大阪工業大学, 工学部, 准教授 (30374903)
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研究分担者 |
長井 薫 千里金蘭大学, 生活科学部, 教授 (20340953)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 天然物 / 菌類 / 全合成 / 構造決定 / 構造活性相関 / 神経細胞保護効果 / 抗認知症薬 / グリーン合成 |
研究実績の概要 |
本研究では、1)植物、菌類、藻類に含まれる低分子有機化合物成分の全合成と構造活性相関を基盤に、認知症の原因となる神経細胞死を抑制する分子の開発を目指している。また、2)既知の抗認知症薬の合成プロセスについて、環境化学的見地で改良することを目指している。1)に関して、抗認知症作用のある食用キノコ、ヤマブシタケに含まれるヘリセノン類について、過去に合成例のなかった数種類の天然物の全合成に初めて成功した。また、3-ヒドロキシヘリセノンFと報告されていた天然物に対して、生合成前駆体と推定されるヘリセノンCからの直接変換を検討することによって、報告構造に誤りがあることを発見し、5員環エーテルを含む正しい構造に訂正した。これらの合成天然物や脂肪酸の結合位置を変えた誘導体の小胞体ストレス依存性神経細胞死に対する細胞死抑制効果を検証し、フェノールのオルト位にリノール酸エステルを導入した人工誘導体に強い細胞死抑制効果があることを見出した。一方、天然テルペノイドであるステビオールやグリチルリチン酸の骨格にリノール酸を導入した分子には細胞死抑制効果は見られず、ヘリセノン類の骨格の重要性も明らかになった。2)に関しては、抗認知症薬ドネペジルをはじめとする医薬の製造工程で頻繁に使用されるFriedel-Crafts反応に関して、試薬や溶媒ベースでグリーン化を検討した。一部の非ハロゲン溶媒や後処理が容易な固体酸でFriedel-Crafts反応が進行する結果が得られたが、従来条件であるジクロロメタン/強ルイス酸に匹敵する結果は得られなかった。また、同じく抗認知症薬であるメマンチンの合成に関して、安価で低毒性なトリクロロイソシアヌル酸を用いる市販アルコールからの直接合成を検討し、メマンチンの前駆体となるカルバミルアジドを得ることに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
抗認知症効果のあるキノコであるヤマブシタケの子実体に特徴的に含まれるゲラニル-レゾルシノール類については、世界に先駆けて主要な構成成分を全合成することができ、その生合成経路の一部も反応化学的に解明することができた。分担者との共同研究も円滑に進み、神経細胞保護効果のある天然物や誘導体を特定することができた。特に不飽和脂肪酸であるリノール酸を導入した人工誘導体に低濃度での細胞保護効果が確認できたことは、今後の分子設計につながる指針である。一方、既知の抗認知症薬のプロセス改良を志向したグリーン反応条件の開発に関しては、安価で毒性の低い反応剤であるトリクロロイソシアヌル酸を用いるアルコールからカルバメートへの酸化的ワンポット反応を見出した。様々なベンジルアルコール類への基質適用性も確認することができ、反応条件を微修正することで、脂肪族アルコールにも適用できることがわかった。この結果は、抗認知症薬であるメマンチンの直接合成に有用であると考えられる。Friedel-Crafts反応のグリーン化に関しては、様々な条件を試したが、現段階では既存の方法に匹敵する結果は得られていない。しかし研究過程において、今まで利用されていなかった溶媒や固体酸でも低収率ながら生成物が得られることを確認し、今後の進展に向けて有益な知見を得ることができた。総じて、おおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
神経細胞保護効果をもつ化合物に関して、不飽和脂肪酸であるリノール酸を導入した人工誘導体に低濃度での保護効果が見られたことから、不飽和度のより高いリノレン酸誘導体の合成やその細胞保護効果の検証を行う。また、よりシンプルな分子設計を目指し、ゲラニル基のない誘導体なども合成し、最も高活性な化合物に対して、既知の阻害剤を加えた競合実験により細胞保護の詳細なメカニズムを解析する。また新たに、ヤマブシタケに特有に含有するステロイド系分子の網羅的な合成も検討開始し、ヤマブシタケの生理機能に対する含有有機低分子成分の役割や生合成についてより深く追究する。ステロイド系分子の活性試験に関しては、認知症の要因と考えられているアミロイドタンパク質の凝集に対する直接的な抑制効果を検証する予定である。また、生理機能が未解明な紅藻から単離された含臭素天然物に関して、臭素を含む二環性共通骨格の新たな構築法を検討し、過去に合成例のないC15含臭素天然物の初の合成に向けた検討を進める。一方、既存抗認知症薬の合成法改良に関しては、トリクロロイソシアヌル酸を用いる酸化的ワンポット変換反応の効率性を高めるための検討を実施し、メマンチンの簡便合成法を確立する。安価で低毒性なトリクロロイソシアヌル酸はグリーン合成に適した反応剤であり、プロセス化学への応用が期待できる新たな効率反応の開発にも取り組む。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の申請額と実際の配分額に隔たりがあり、老朽化した高性能液体クロマトグラフィーの更新費を捻出するため、科研費からの消耗品の購入を当初計画よりも大幅に控えた。その節約が結果的に次年度への繰り越しにつながった。2022年度の直接費は、2021年度に更新完了できなかった高性能液体クロマトグラフィーの部品費、合成用試薬等の消耗品、情報収集や成果発表のための学会参加費や旅費、合成化合物の分析委託費などに使用する計画である。
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