本研究では、植物ウイルス病の分子機構を理解するための一環として、歴史上有名なチューリップモザイク病の着色攪乱機構の解明を目的とした。まず、チューリップモザイク病を引き起こすチューリップモザイクウイルス(TulMV)をチューリップ品種「紫水晶」に接種し、色割れが観察された花弁からRNAを抽出し、次世代シーケンシングを用いたトランスクリプトーム解析によりTulMV感染で発現変動する遺伝子を解析した。その結果、アントシアニン合成関連遺伝子の一つであるカルコンシンターゼ遺伝子(CHS)の発現がTulMV感染により減少しており、RT-qPCRでもCHS発現の減少が確認できた。従ってCHS遺伝子の発現減少がTulMVによる着色攪乱の原因である可能性が示された。 形質転換が困難であるチューリップにおいて遺伝子機能解析を行うためリンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)ベクターを利用可能性を検討した。ALSVを「紫水晶」や「ありさ」などの数品種に汁液接種またはパーティクルガン接種を行ったが、全身感染せず、ALSVベクターの利用は難しいことが示された。 TulMV感染による着色かく乱機構に関わるウイルス因子を解析するため、「紫水晶」より分離されたTulMV-Zの全ゲノム配列を解読し、感染性cDNAクローン化を試みた。TulMV-ZのcDNA配列をバイナリベクターpCAMBIA1300またはpBI121のカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター直下にクローニングし、アグロイノキュレーション法でチューリップ品種「紫水晶」に接種したが、TulMVの感染は認められなかった。 以上より、本研究でチューリップの着色攪乱の原因候補遺伝子がCHSであることを明らかにしたが、その機能や発現減少機構を解明するには至らなかった。今後チューリップでのウイルス感染系や遺伝子機能解析系の確立が望まれる。
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