研究課題/領域番号 |
21K05615
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
川畑 俊一郎 九州大学, 理学研究院, 教授 (90183037)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | キイロショウジョウバエ / 囲食膜 / 遺伝子ノックダウン / 腸内細菌叢 / インシュリン様ペプチド |
研究実績の概要 |
本研究は、キイロショウジョウバエ(ハエ)を用いて、囲食膜構成タンパク質の1種であるPeritrophin-15b (Pin-15b) に着目し、Pin-15bの組換え体やPin-15bのノックダウンハエを用いてその機能解析を行うとともに、インシュリンシグナルを介したボディサイズを規定する分子機構を解明することが目的である。 本年度は、囲食膜構成タンパク質の1つであるPeritrophin-15b (Pin-15b) に着目し、Pin-15bノックダウン系統にみられる表現型の解析を行った。GAL4-UASシステムによりPin-15b RNAiハエを作製した。まず、中胸長を測定したところ、ノックダウン系統は非ノックダウン系統と比較して有意に増加することが明らかとなり、昨年度の結果を確認できた。一方、抗生物質処理により腸内細菌数を減少させたハエ(axenic、AXハエ) ではPin-15bノックダウン系統における中胸長の増加は見られなかった。さらに当研究室のハエから単離されたAcetobacter persici (SK1)、Acetobacter indonesiensis (SK2)、Lactobacillus pentosus (SK3)、Providencia rettgeri (SK4) の腸内細菌をAXハエの成虫に感染させた。その結果、いずれの感染群においてもAXハエと比較して中胸長の有意な増加は認められなかった。次にそれぞれの細菌を、AXの一齢幼虫から継続的に感染させた結果、SK1、SK3、SK4感染群においてAXハエと比較して成虫時には中胸長が有意に増大することが判明した。以上の実験から、囲食膜構成タンパク質Pin-15bのノックダウンにより囲食膜の透過性が上がることで、腸内細菌叢の影響によりハエの代謝経路が変化して中胸長が増加したことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Pin-15bノックダウン系統において中胸長が有意に増加し、体重についてもPin-15bノックダウン系統において有意な増加が認められた。通常、研究室の飼育下においては、Acetobacter属、Lactobacillus属、Enterococcus属などを保有している。当研究室のハエからは、A. persici (SK1)、A. indonesiensis (SK2)、L. pentosus (SK3)、P. rettgeri (SK4) が単離されている。抗生物質処理により腸内細菌数を減少させたハエ(axenic、AX) を作製し中胸長や体重を比較した。その結果、AXハエではPin-15bノックダウンによる増加は見られなかった。そこで、SK1、SK2、SK3、SK4をそれぞれ羽化後7日経過したAX個体に感染させ、7日後の中胸長と体重を測定した。しかし、いずれにおいてもAXハエと比較して有意な中胸長の増加は見られなかった。昆虫においては、成虫の大きさは幼虫から成虫への移行時にほぼ固定される。そこで、各種細菌を、抗菌処理を施した一齢幼虫に感染させた。それぞれの感染群について、羽化後7~10日の中胸長と体重を測定したところ、SK1群、SK3群とSK4群についてAXハエと比較して有意に増加した。一方で体重においては、4群のいずれにおいてもAXハエと比較して有意な増加は認められなかった。腸内細菌は食物や宿主由来の分泌物を分解し、酢酸やプロピオン酸などの短鎖脂肪酸を含む代謝産物を生じる。次に、腸内細菌の代謝産物が中胸長の増加に寄与しているかを調べるため、最も中胸長に影響を与えたSK4の培養上清を抗菌処理した幼虫に1日おきに与えた。羽化後2~3日の中胸長を測定したところ、非投与群と比較し有意な増加が認められた。
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今後の研究の推進方策 |
ハエにおいては、インシュリン様ペプチド (ILP) が細胞の成長と分裂の速度を調節するシグナル伝達カスケードを活性化することが知られており、ILPの過剰発現による体長の増加が報告されている。これまでの本課題研究により、Pin-15bノックダウン系統では血リンパ中の糖濃度を制御するILP2やアディポキネティックホルモン遺伝子(Akh)などの転写量が増加することや、摂食量に有意差はないにも関わらず体内に蓄積された脂質であるトリグリセリドの量が有意に増加すること、飢餓条件での死亡率が低下することが判明した。転写量の上昇と飢餓耐性の関係を調べるために、飢餓状態でのILP2の転写量を測定したところ、有意な差は認められなかった。本年度の実験結果から考察すると、Pin-15bノックダウン系統で見られた飢餓耐性は、ハエの体長増加によって蓄えられる栄養素が増加したためだと考えられる。昆虫の体の大きさは成長期間と成長速度によって決まり、ハエにおいては体の成長は幼虫期に限られるため、成虫の大きさは幼虫から蛹への移行時に固定されることが知られている。また、昆虫では成長期間はホルモンにより制御される一方で、成長速度は主にインスリンシグナル経路によって制御されている。Pin-15bノックダウン系統における中胸長の増加はILP2の転写量の増加に起因する成長速度の上昇や糖の吸収量の増加によるものであると推定されていたが、本年度の実験で、特定の菌体や菌の代謝産物が中胸長の増加に関与していることが示唆された。今後の展望としては各種腸内細菌の代謝産物の投与実験や、複合感染実験をおこない、菌種と菌の代謝産物がハエに与える影響について調べていきたい。さらに、今年度が本研究課題の最終年度にあたるため、データの再現性を確認するとともに成果を原著論文にまとめる予定である。
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