オオツマキヘリカメムシ分泌腺中のヘキサナールには警報フェロモン活性が認められるが,ヘキサン酸にはフェロモン活性がない.一方,餌由来のヘキサナールに反応するクサギカメムシ触角内にヘキサナールを酸化する酵素活性が存在することを見出していた.これら二つの知見から,ヘキサナールが酸化されることがフェロモンないしは餌探索シグナルの不活性化であると仮説を立て,行動学・生化学的視点からその検証に取り組んだ.オオツマキヘリカメムシの野外採集個体には思いのほか病原菌が寄生しており,同じくヘキサナールを警報フェロモンとするマツヘリカメムシを代替材料とした. マツヘリカメムシではヘキサン酸に対する行動は調べられていなかったため,まず,マツヘリカメムシにヘキサナールとヘキサン酸を与えた時の行動を比較した.結果,ヘキサナールには即座に反応し,匂い源から歩いて遠ざかるだけでなく,飛翔してより遠くへ逃げた.その一方,ヘキサン酸に対しては反応する個体が明らかに少なく,また反応するとしても逃避行動を示すまでに要する時間がヘキサナールに比べ明らかに長かった.したがって,ヘキサン酸はマツヘリカメムシに対してフェロモン活性を示さないことがわかった.また,マツヘリカメムシの触角にヘキサナールをヘキサン酸へと酸化する酵素活性が認められた.この酵素活性は基質特異性の低いものあった.以上の結果から,ヘキサナールがヘキサン酸へと酵素的に酸化されることで,フェロモンのシグナルがリセットされることが示唆された.一方で,この酵素がフェロモン受容体近傍に存在し,ヘキサナール酸化に関与するかは現時点では定かではなく,今後の検証が必要となる.
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