近年、ツキノワグマ(以下、クマ)の人里への出没による人との軋轢が日本各地で増加しており、社会問題化している。これまでクマの人里への出没動向は主にブナ科樹木の堅果(ドングリ)の豊凶に着目して研究が進められてきた。一方、クマの生息域の多くで、近年は高密度化したニホンジカ(以下、シカ)による森林植生の衰退が広がっており、このようなシカによる生態系改変が、森林域においてクマの利用可能な餌資源を大きく減少させている可能性がある。北米では高密度化したシカの影響によって森林の下層植生が消失した結果、アメリカクロクマが地域絶滅した事例も報告されている。そこで、絶滅が危惧される北近畿西側地域個体群のクマを対象に、シカによる森林植生の衰退がクマの餌資源利用に及ぼしている影響を解明することを目的に以下の調査を実施した。 兵庫県豊岡市但東町を中心に、2021年~2023年の4月~12月にかけて、定期的に山系を踏査し、クマの糞塊を両年で280サンプル収集した。収集した糞塊のうち、231サンプルについて、内容物とその構成割合について目視による分析を実施した。さらに、そのうちの約120糞塊を対象にDNAメタバーコーディング解析も実施した。これらの分析によって、他の地域個体群に比べて、本調査地域のクマは、森林内に存在する植物栄養器官(特にササ)への依存度が低い結果が得られている。このような結果は、シカによる森林の下層植生の衰退の影響を反映しているものと推測される。また、調査地域と同様にシカの生息密度が高い他地域と比べて、シカへの依存度は低い一方、人里近くに存在するタケノコやカキへの依存が高いことが明らかとなった。さらに秋の食性は、堅果への依存度が低く、液果類への依存性が高かった。調査対象個体群は、日本の中で最も低標高域に分布域をもつ個体群であり、そのような分布特性が食性にも反映されている可能性がある。
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