研究課題/領域番号 |
21K05715
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研究機関 | 京都府立大学 |
研究代表者 |
細谷 隆史 京都府立大学, 生命環境科学研究科, 准教授 (40779477)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | リグニン / 自動酸化 / 低分子化 / ケミカル生産 / バニリン / 反応機構 / 木質バイオマス / 有機イオン |
研究実績の概要 |
リグノセルロースの主要成分であり天然芳香族高分子であるリグニンを、効率的かつ高選択的に低分子化する手法の開発は、リグノセルロース資源を脱炭素社会において有効的に利用する上で必要不可欠である。本研究は、リグニンから化学工業における基幹物質の1つであるバニリンを生産するための手法として工業化されている、アルカリ性自動酸化法における反応機構の解明を行うものである。アルカリ性自動酸化条件でのリグニン分解におけるバニリン生成は、1) リグニン中のbeta-エーテル構造の開裂によるグリセロール末端の生成、2)同末端のアルデヒドへの酸化分解によるバニリン末端の生成、3)バニリン末端の加水分解によるバニリン分子の脱離で進行する。 本年度は、上記3)の過程であるバニリン末端からのバニリン分子の脱離反応についての研究を行った。本反応は、リグニン分子からの最終目的物であるバニリン生成を決定づける重要なプロセスである。モデル化合物を用いた諸検討により、バニリン脱離反応では、側鎖beta位に存在するバニリン残基の、alpha位、gamma位への転移反応がまず進行し、そこからバニリン分子の脱離が進行することが明らかになった。また、バニリン分子の脱離と競合する形で、高分子化反応が進行することも判明し、この副反応経路の存在によりバニリン生成反応の選択性が50%程度にとどまることがわかった。本知見は、バニリン末端が複数の反応段階を経てようやく生成しても、最終目的物であるバニリンに変換される割合はその半分程度であるという、極めて重要な示唆を与えている。さらに、反応系にクラウンエーテル類とナトリウムイオンとの包摂カチオンが共存することで、バニリン生成の選択性が向上するという、本反応が制御できる可能性を示すデータを得ることにも成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リグニン分解におけるバニリン生成は、1) リグニン中のbeta-エーテル構造の開裂によるグリセロール末端の生成、2)同末端のアルデヒドへの酸化分解によるバニリン末端の生成、3)バニリン末端の加水分解によるバニリン分子の脱離で進行する。本研究では、2) のグリセロール末端のアルデヒドへの酸化反応の機構解明を行う予定であったが、一昨年度の検討において、本プロセスの反応経路のかなりの部分を解明することに成功した。すなわち、本プロセスは、グリセロール側鎖alpha位水酸基のカルボニル基への変換反応、カルボニル基のganmma位への転移および逆アルドールの進行によって進行することが明らかにされ、研究当初の目的は一昨年度までにほぼ達成されたといえる。 そこで、これまでに得られた知見をさらに深めるために、上記3)のバニリンの脱離反応について検討を行い、研究実績の概要に示したような極めて重要な知見を得ることができた。さらに、アルカリ性自動酸化における別のバニリン生成経路であるフェノール性末端からのバニリン生成反応や、自動酸化法以外の有名なバニリン生成反応として知られているアルカリ性ニトロベンゼン酸化における詳細な反応経路についても有用な知見を得ることに成功し、スピンオフ的な成果も得られている。 以上より、研究は順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度に得られた、バニリン末端からのバニリン脱離反応の機構は、リグニンのアルカリ性自動酸化法における最終的なバニリン収率を向上させるうえで、極めて重要である。バニリンの脱離過程において何の反応制御も行わない場合、バニリン生成反応の選択性は50%にとどまる。実績の概要でも述べたように、この選択性は環状エーテルベースの包摂カチオンとの共存により、向上することが偶然見いだされており、バニリン脱離プロセスを制御することでバニリン収率を向上させることができることが示唆されている。 以上の事項より、今後の研究ではバニリン脱離反応におけるより詳細な反応機構の解明研究を遂行する。特に、バニリン収率を低下させている主因と考えられる、高分子化合物生成反応の生成機構について詳細に検討する。また、この高分子化合物生成反応は、それに先立って進行しているバニリン残基の転移反応と密接に関連していると考えられるため、転移反応における素反応レベルでの機構解明も同時に行う。これらの機構研究で得られた知見をもとに、包摂カチオンがこれらの過程に与える影響について定量的に明らかにし、バニリン収率を向上させるための反応制御法を提案する。 上記の目的を達成するためには、適切なモデル化合物を合成することや、その分解挙動の解析手法の開発が肝要である。研究代表者の研究室では、バニリン末端の構造を模したモデル化合物の合成法や、主要分解物の各種クロマトグラフィーによる分析法が確立されており、効率的な目的達成のための素地が得られている。
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次年度使用額が生じた理由 |
該当年度において化学分析に使用するための分析カラムの購入を予定していたが、既存のカラムが予定していたよりも高耐久であったので、それを購入する必要がなくなった。本年度には、分析カラムの交換が必要になると予想されるので、差額は本年度の分析カラム購入費に充てる予定である。
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