研究課題/領域番号 |
21K05727
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
山口 明彦 九州大学, 農学研究院, 助教 (10332842)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | スフェロイド / 下垂体 / ゴナドトロピン / アロマターゼ / 幹細胞 / トラフグ |
研究実績の概要 |
クロマグロやニホンウナギ・チョウザメ等の中・大型魚種では初回成熟までの期間が長いため、ゴナドトロピン(GTH)[濾胞刺激ホルモン(FSH); 黄体形成ホルモン(LH)]の合成・分泌の早期誘導の技術開発が必要である。しかし下垂体で合成・分泌される魚種特有のGTHの合成・分泌機構に関しては不明な点が多く、成熟誘導に最適な生理化合物質をスクリーニングする簡便なアッセイ法の開発が望まれている。初年度は年1回産卵型のトラフグを用い、下垂体スフェロイド(細胞塊)を簡便に培養する技術を確立した。高価なスフェロイドプレートを用いない攪拌培養により、希望するサイズのスフェロイドの作製が可能となった。 初回成熟を迎える2歳齢(雌)の周年トラフグ血清を添加した培地でスフェロイドを培養を行いGTH合成能について評価を行ったところ、下垂体でのLH合成は成熟初期ではフィードバックエストロゲン(E2)および後期ではフィードバックテストステロン(T)から変換されたローカルE2による2段階の調節を受けることが明らかになった。一方FSHは性ステロイドの有無には依存せず基本培地のみでホルモン合成を行うことから、LHとは全く異なる制御を受けることが判明した。トラフグ下垂体の全領域には、T→E2の局所的変換を担うアロマターゼ発現細胞が存在する。本研究ではアロマターゼ発現細胞がLH細胞と同一であり、かつ雌成熟期のフィードバックTの役割を初めて明らかにした。今後下垂体アロマターゼ発現細胞を解析することで、LH合成細胞の活動をin vitroで制御できる可能性が強まった。次年度はスフェロイドからアロマターゼ発現細胞を分離し、in vitroでLHの合成・分泌を誘導する培養系の開発を目指す計画である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
下垂体スフェロイド培養法の確立:トラフグ下垂体からコラゲナーゼ・トリプシン処理で細胞を分離し、Rhoキナーゼ阻害剤(Y27632)を加えたMEM(Hank's)培地で攪拌培養することにより直径100-200μm程度の均一なスフェロイドを作製することに成功した。年齢や性別とは関係なくどの個体からでもスフェロイドの作製は可能であり、高価なスフェロイドプレートを用いることなく長期間の培養が可能となった。下垂体スフェロイド培養では添加するグルタミンから派生するアンモニアがスフェロイドの成長を抑制する傾向があったため培地成分を検討した結果、グルタミンをアラニルーグルタミンに変更することで培地交換の煩雑さも解消された。 スフェロイドアッセイの有効性の評価:トラフグ雌の初回成熟では第一段階では卵巣からのE2上昇が見られるが、排卵直前にはTの一過性の急上昇が確認できる。周年血清を添加した培地でスフェロイドアッセイの有効性を評価したところ、成熟に伴う性ステロイドの上昇と一致したLHの合成を確認した。また雌でのフィードバックTの作用機構に関して、各種阻害剤を用いたスフェロイドアッセイにより解析した結果、LHの合成に必要なアンドロゲンはTそのものではなく、アロマターゼによりTから変換されたローカルE2であることが明らかになった。すなわち初回成熟の初期段階では卵巣からのフィードバックE2が作用するが、後半ではTから変換されたE2が最終卵成熟(LHサージ)に必要十分量のLH合成を誘導すると考察できた。またアロマターゼ発現細胞は下垂体の全領域に存在しLH細胞と同一であることを証明した。一方FSH細胞はin vitroでは性ステロイドの影響を全く受けなかった。これらの結果からスフェロイドアッセイは周年でのin vivoの下垂体の生理状態を再現できる有効な実験手法と結論する。
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今後の研究の推進方策 |
初年度は、魚類下垂体スフェロイドの作製技術を確立した。この技術は日本ウナギを含めた他の産卵難易度の高い魚種にも応用できる技術である。GTHは魚種特有の糖鎖修飾があり、in vitroで高活性の標品が得にくいことが知られている。本スフェロイド作製技術によりin vitroでのGTH合成の技術革新が進むことが期待できる。下垂体は小さな組織で生体内では細胞分裂頻度が他の組織よりも低い。実際スフェロイド化しても細胞増殖は極めて遅いため、今後大量培養を行うにはスフェロイドアッセイを用い細胞増殖速度を上げる生理活性物質を探す必要がある。 魚類下垂体では哺乳動物で見られるSox2を発現する未分化幹細胞が発見されておらず、各種ホルモン細胞の分化系譜が未解明である。本研究で下垂体アロマターゼ発現細胞がLH(前駆)細胞であることが証明された。アロマターゼ発現細胞の分化能を調査することで、GTHに限らず他のホルモン合成の仕組みも明らかになる可能性がある。今後はアロマターゼ発現細胞に焦点を絞り研究を進める方針である。次年度は大量培養したスフェロイドからアロマターゼ発現細胞をセルソーターにより単離後、再びスフェロイド化してホルモン産生能を調査する計画である。
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