本研究では、沿岸海水中における陸起源溶存態有機物の分解性を、海洋起源溶存態有機物のそれと比較し、評価することを目的とした。初年度に、有明海の海水を用いた陸域起源溶存態有機物の分解性を評価する培養実験を実施したところ、「陸起源溶存態有機物が従来考えられているよりも、沿岸海水中において細菌による分解を受けやすい」という仮説を支持する結果が得られた。さらに、2年目には、有明海の支湾である諫早湾の海水に、同湾への陸域起源有機物の流入源である干拓調整池から抽出・濃縮した陸起源溶存態有機物を添加する実験を行った。その結果、細菌による分解だけでなく、植物プランクトンによる直接的な取り込みも、陸起源溶存態有機物の除去過程のひとつである可能性を示唆する結果が得られた。最終年度には、諫早湾における陸起源溶存態有機物の分布を調査するため、諫早湾全域において4月から8月にかけて表層と底層から採取した試料について、溶存有機炭素濃度の測定と三次元励起蛍光スペクトル解析を実施した。溶存態有機炭素濃度は、塩分との間に負の相関が見られた一方で、植物プランクトンの生物量の指標であるクロロフィルa濃度とは相関が見られなかったことから、春から夏にかけての諫早湾における溶存態有機炭素の動態は、主に淡水流入により支配されている可能性が示唆された。また、溶存態有機物の三次元励起蛍光スペクトル解析を行ったところ、湾全域に渡り陸起源溶存態有機物が分布しており、その一部は細菌分解を受けていることが示唆され、1年目および2年目に実施した実験系の結果と整合的であった。これらの研究成果の一部を、総説として陸水学雑誌に投稿し、掲載された。
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