淡水域や汽水域に生息するシジミ(Corbicula sp.)の貝殻の色は,日本では黒色であると認識されているが,黒色以外に黄色や赤茶色など多様である。貝殻は,外套膜上皮から分泌される代謝物で形成されるので,貝殻の色と生育環境には強い相関があると推察される。本研究では,シジミの貝殻の色を決める因子を見つけ出し,色が決定されるメカニズムを明らかにすることを目指す。 シジミの貝殻の色は,貝殻の表層にある殻皮と呼ばれる薄い有機膜の色で決まる。2021年,2022年度は,淡水産シジミを対象とし,ラマン分光法とX線微細構造(XAFS)で殻皮を詳細に調べた。その結果,シジミの貝殻の黒色化は,本来黄色の殻皮に,紫色の鉄カテコール錯体(鉄-DOPA錯体)が形成されることで起こることを見出した。2023年度は,殻皮への鉄の輸送経路を明らかにするため,日本の3種類の在来種のシジミの貝殻に含まれる鉄-DOPA錯体をラマン分光法と電子プローブマイクロアナライザーで,殻皮の基質をXAFSと赤外吸収分光法で詳細に調べた。その結果,鉄-DOPA錯体は殻皮にしか存在しないこと,表面が酸化物で覆われた殻皮には鉄-DOPA錯体が存在しないことが分かった。これらの結果は,溶存態の鉄有機錯体が水環境から直接殻皮に輸送されたことを示唆する。これより,鉄-DOPA錯体は,溶存態の鉄有機錯体が殻皮に拡散し,殻皮内のDOPAと配位子交換することで形成されたと考えるのが妥当である。また,殻皮本来の成分は色によらずタンパク質のキノン架橋により形成された黄色の膜であることが確認された。キノン架橋は環境のpHに,鉄-DOPA錯体の形成は溶存態の鉄有機錯体の有無に依存する。これより,シジミの貝殻の色はシジミが生息してきた環境情報を記録していることが示された。これらの結果は,国際会議および国内学会で報告し,現在,論文にまとめている。
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