研究課題/領域番号 |
21K05828
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
多田 明夫 神戸大学, 農学研究科, 准教授 (00263400)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | Horvitz-Thompson推定量 / 年単位LQ式 / 低頻度 / 長期 / モニタリング / 水質 |
研究実績の概要 |
R4年度の研究成果は,面源負荷推定の一般化に必要な,河川負荷量の推定精度の向上をはかる方法の開発である。R3年度の研究成果として,長期間にわたる日単位の河川流量データと低頻度(月1回)の河川水質モニタリングデータから,年単位の総流出量QTと年単位の総流出負荷量LT間のべき乗型関係式(年単位LQ式)を推定する方法を開発し,研究当初想定していたchemostaticな両者の線形関係に代わる面源を含む河川負荷の推定法とした。この方法は適切な年単位LQ式の信頼区間を与えうるものであったが,不偏推定量であるHorvitz-Thompson(HT)推定量に基づき年単位LQ式の信頼区間を推定すると,月1回の低頻度データではその幅が非常に大きくなる(不確かさが大きくなる)という課題があった。 このためR4年度には,年単位あるいはそれ以上の長期間の河川負荷推定量の不確かさを縮小する推定手法の開発を行った。具体的には,不偏推定量であるHorvitz-Thompson推定量に,河川の瞬間流量や採水時刻といった補助情報から河川の瞬間負荷量を関係づける非線形のrating curve(LQ式)をLQ式の推定量の偏り補正を行いつつ組み合わせたbias-corrected regression estimator(BCRE)を開発した。実際にこの方法によれば,多くの場合従来のHT推定量よりも狭い信頼区間を構成することが可能であった。またHT推定量では懸濁態項目を中心として,低流量時に観測データが集中しやすい月1度の定期調査データでは負荷推定量の信頼区間の被覆確率が低下するという問題があったが,BCREはこの被覆確率の低下をも改善する手法である。 この手法を用いて,年単位LQ式の推定精度の向上を図るとともに,更に簡便で精度の高い河川水質の代表値として10年平均流量加重平均濃度の採用の是非を検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で目指す到達点は,我が国の公共用水域(河川)で実施されているような月1度程度の低頻度の長期間モニタリングデータに基づいて,河川を流下する長期間の面源負荷を含む総流出負荷量を比較的高精度に推定する手法の開発である。土地利用と河川負荷量を直接関連づけることが困難であるという知見が-これは古くから指摘されていたことであるがー米国エリー湖周辺の農業流域からの高頻度データを用いた不偏推定法であるHT推定量(この不偏推定法の開発成果は国際誌論文で公表)に基づく再解析を通じてR3年度に確認された。また従来流域別下水道整備総合計画等で用いられてきた原単位法のもつ欠点の改良と,それら原単位法による推定量の妥当性検証に用いるべき実測の河川負荷量の精度良い推定法を開発することにある。 この観点から,研究実績で述べたように,より精度の高いBCRE方の開発が既に完了しており,この成果を2022年度のアメリカ地球物理連合会(AGU)の秋季大会(Fall meeting)で発表している。また詳細な成果については,現在国際誌に論文を投稿中である。精度を向上させた年単位LQ式の推定手法も開発済みであるが,これは現在投稿中の論文の掲載の見込みを待って,追加で投稿する計画である。このような状況から,当初の研究目的からみて,研究は概ね順調に推移しているものと判断している。 なお現時点では年単位LQ式に代わる指標として,より取り扱いが簡便な10年平均の流量加重平均濃度を検討している(一部成果を国内学術誌で公表)。これはBCREを用いても低頻度データに基づく河川負荷量や濃度の不確かさが大きなことから,10年といった長期間の総流出負荷量の推定量を総流量で割って求めた流量加重平均濃度である。この値は直感的で理解しやすい上に,総流量を乗ずることで河川負荷の簡便な推定量となり得,検討を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
低頻度長期間水質モニタリングデータに基づく面源負荷を含む河川の総流出負荷の簡易推定法として,現時点ではより精度の高いBCRE法に基づく10年平均の流量加重平均濃度の利用と,年単位LQ式による河川水質特性の評価の2つの手法を考えている。R4年度は,米国エリー湖周辺の複数の農業流域からの高頻度データの解析を通じて,年単位LQ式と土地利用の間に明確な関係が見いだせないことが示されているが,これは農業生産活動が盛んで農地面積率の高い流域からの排出負荷量が,営農方法や施肥量に大きく左右されるためであると考えられた(同じ農地地目内での発生負荷量の変動が大きくなるため)。一方で我が国では水質対策として下水道整備が進んでおり,瀬戸内海では貧栄養が問題とされている状況にあり,米国と同じ状況にあるとは言えない。このため,本年度は開発された手法を我が国の複数の一級河川の長期間データに対して適用し,長期間の河川流出負荷量の変動の推定と,10年間平均の流量加重平均濃度や年単位LQ式と土地利用や下水道整備を含む人間活動の影響の関係を探る計画である。具体的には,瀬戸内海に流入する一級河川を対象に,解析を実施する. もう一つ解決すべき課題は,簡便な河川負荷推定法として10年平均の流量加重平均濃度を検討しているが,この推定量の不確かさを更に抑制する手法の開発である.月1度の観測頻度でも10年間であれば120個の標本サイズとなるが,県dか歌い項目を中心に不確かさがまだ大きい.この原因の一つにLQ式のbootstrap法による誤差推定量が大きなことが考えられるので,時系列データに対するblockwise bootstrap法の導入を行い,推定量の不確かさの抑制が可能かどうか検討し,併せてこれら特性地炉土地利用の関係を探り,県空成果を論文の形で公表する計画である.
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次年度使用額が生じた理由 |
R4年度もコロナのため,当初計画していた国際学会での現地発表を見送った。このため当初計画よりも30万円ほど支出予定額が少なくなった。 R5年度はこの金額を,論文の英文校正料,国際学会への現地発表参加料金,国際誌の論文成果のオープンアクセス料金に充てる予定である。
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