研究課題/領域番号 |
21K05833
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
平松 和昭 九州大学, 農学研究院, 教授 (10199094)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 統合流域管理 / 水理モデル / 水文モデル / 衛星気象データセット / 人工知能技術 / 機械学習技術 |
研究実績の概要 |
東南アジアの新興国・発展途上国では,経済発展に伴う都市化・混住化の進行で,農村地域や閉鎖性水域での有機汚濁が急速に拡がっている.日本が1970年代以降,経験してきた農業・農村地域での有機汚濁を,新興国・発展途上国では,近年,より深刻な水環境の悪化を伴って急速に経験しつつある.高い農業生産性を維持しつつ,陸域から排出される窒素・リンの負荷を削減するとともに,閉鎖性水域の水環境保全を図ることが喫緊の課題となっている. 流域圏における水環境は,陸域上流から下流の閉鎖性内湾に至る流域圏の物質フロー系によって形成されるため,流域圏の水環境保全のためには,陸域と海域を個別に考えるのでは無く,連続的に捉え,陸海域流域圏全体の水循環系と物質循環系を統合的に俯瞰する,いわゆる陸海域統合-流域圏水環境管理が極めて重要である. 本課題では,以上の問題意識を背景に,ベトナムの研究機関との強固なネットワークに基づき,4グループの研究組織を構成し,先ず陸域を対象に,面源負荷グループとGIS流域解析グループは連携してGIS援用-流域モデルの構築を進めた.両グループの成果を負荷源入力として,閉鎖性湖沼グループと閉鎖性海域グループは水理学-生態系モデルの開発を進めた.その際,東南アジア流域圏で不可避のデータ寡少性を補完するため,人工知能技術(AI)や機械学習技術,衛星リモートセンシング技術を援用した. 近年では人工衛星からの観測に基づく気象データセットが多く公開されている.衛星気象データセットは,人工衛星に搭載した可視・赤外の放射計やマイクロ波チャネルによって観測したデータを基に降雨量や蒸発散量,気温などを推定し,地域規模または世界規模で記録したデータセットで,データ寡少地域における地上観測データの代替手段として,極めて有効と考えられ,その利用可能性についても検討した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
東南アジアのデータ寡少流域を対象に,衛星気象データの評価,バイアス補正手法の開発,およびそれらの衛星データの降雨流出モデルへの適用可能性を検討した.降雨量には,5種類の衛星データを,蒸発散量には,衛星気温データから算出したデータと衛星蒸発散量データを対象に検討し,降雨量にはIMERG,AgMERRA,MSWEP,蒸発散量にはAgMERRAをそれぞれ選定した.これらの衛星データに対し,PBIASを使用したバイアス補正を行い,土地利用タンクモデルを導入した分布型流出モデルの入力値として使用した結果,良好な解析結果を得ることができた. 富栄養化した閉鎖性水域の水環境の保全対策を講じるうえで,種構成も考慮に入れた植物プランクトンの発生量の予見は重要な情報を与える.そこで,水質・気象の定期観測データを用いた藻類綱別Chl.aの短期予測が可能な階層型ニューラルネットワークを構築した.過学習の効果的な対策手法であるDropoutを導入することで予測精度が向上し,リードタイムを1週間とする綱レベルのChl.aの短期予測が可能となった.特に,藍藻類Chl,aの短期予測を通じたアオコ対策への貢献を期待できる点に,本モデルの有効性が示された. 閉鎖性海域では,陸域由来の栄養塩類を起源とする赤潮が漁業被害をしばしば引き起こし,赤潮発生予測が喫緊の課題である.そこで,階層型ニューラルネットワークモデル(HNN)および再帰型ニューラルネットワークモデル(RNN)に着目し,有明海を対象に,入手が容易なデータを利用した新たな赤潮発生予測手法の確立を目指した.海域メッシュごとの赤潮を予測するメッシュ型HNNや,有明海を沿岸4県(福岡県,佐賀県,熊本県,長崎県)で領域分けし,各領域の赤潮を予測する県別型HNN,県別型RNNを構築した.
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度に引き続き,ベトナムの研究機関との強固なネットワークに基づき,4グループの研究組織を構成し,データ寡少性の克服と陸海域統合-流域圏管理モデルの開発に関する共同研究を進める. 面源負荷グループでは,土地利用形態の違いによる面源排出負荷・自然浄化機能の定量化,バイオマス資源の再利用による面源負荷の低減策の検討を行う.農村地域では山林や農地などの面源負荷,畜産などの点源負荷の実態把握とその定量化が重要となる.これらはデータ寡少性の影響を強く受けるため定量化が難しい.そのため,原単位法や係数法を基本とした方法と併せて,衛星リモートセンシングと人工知能技術,機械学習技術を積極的に導入する. GIS広域解析グループでは,面源負荷グループが開発した排出負荷・自然浄化機能・バイオマス再利用サブモデルを活用し,GIS援用-分布型流域モデルを構築する.衛星リモセンで推定した土地利用に基づく,できる限り簡易な分布型モデルの開発を進める. 閉鎖性水域グループでは,九州北部やベトナム北部・南部の閉鎖性内湾や,同流域内の主要な閉鎖性湖沼・貯水池を対象に水理学-生態系モデルを構築し,GIS流域解析グループから受領した流入負荷量を入力として,数値シミュレーションを実施する.モデル開発に際しては,データ寡少性に対応するため,状態変数をできる限り減らした生態系モデルの開発を行うとともに,衛星リモートセンシングと人工知能技術,機械学習技術を積極的に導入する. 以上に基づき,陸海域を統合した流域圏管理モデルを構築し,各種の負荷削減の実施等の水質保全対策に対するシナリオ分析を行い,水質総量規制を含む,流域圏水環境の改善に向けた最適なロードマップを提言する.高い農業生産性を維持しつつ,流域圏を俯瞰した視座から水環境の保全を図ることが東南アジア流域圏では喫緊の課題となっており,本課題の学術的な意義は大きい.
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