研究課題
代表的な非定型下痢原性大腸菌であるastA保有大腸菌は、大規模食中毒の原因となるが、astAを保有する株が必ずしも下痢原性を有するわけではなく、病原性株と非病原性株の実態は不明の点が多い。本研究では、astA保有大腸菌などの非定型下痢原性大腸菌の比較ゲノム解析とMALDI-TOF MSを用いたプロテオタイピングによる系統分類を行い、下痢原性大腸菌としてのカテゴリーを確立させることを目的としている。令和5年度は、昨年度までにゲノム情報を取得したヒト由来astA保有大腸菌18株のうち16株に、下痢症患者由来astA保有大腸菌21株を加えた計38株について、MALDI-TOF MSによるプロテオタイピングを実施した。定法に従い、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)で調製した検体で得られた波形のクラスター解析を行ったところ、供試株は幾つかのクラスターに分かれたものの、病原性の有無、astA保有状況との関連を考察できる情報は得られなかった。検体を処理するマトリクスをCHCAよりも高質量領域の検出感度が高いとされるシナピン酸に変更して検討したが、CHCAの時と同様にastAとの明かな関連は認められなかった。ゲノム解析の観点からは、上述の健常人由来18株の完全長ゲノムを取得し詳細な比較解析を行った。患者由来株や、食中毒事例由来株との比較解析の結果、特定の病原因子遺伝子群の保有パターンに一定の規則性があること、特定の遺伝子クラスターをコードする特徴的な構造のプラスミドが株の病原性へ関与することを示唆する解析結果を得た。現在、これら因子の保有状況とプロテオタイピングによるクラスター解析結果の関連を精査している。以上により、少なくともゲノム解析の観点からは、非定型下痢原性大腸菌を定義するための標的としてastA以外の因子が有効であることを示唆するデータをいくつか得ることができた。
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