本研究の目的は、初期胚発生における母性タンパク質分解へのN末端則経路のかかわりを明らかにすることで、全能性獲得メカニズムの解明に迫ることである。受精直後の胚は卵細胞質に蓄積された母性タンパク質を利用して発生を進めるが、それと同時に母性タンパク質を分解することも必要であり、これは全能性獲得の過程のひとつであると考えられている。N末端則とは、タンパク質の寿命がアミノ末端(N末端)残基に依存するという法則で、真核生物で広く保存されている。特にN末端残基がアルギニンであるペプチドは急速に分解されることが知られており、その反応はアルギニル化とよばれる翻訳後修飾により促進される。このメカニズムは、短時間に劇的な変化が必要な初期胚発生の特性と合致すると思われ、N末端則経路と初期胚発生のかかわりを解明することは学術的に大きな意義をもつ。 本研究においては、1) N末端則経路を介して分解される母性タンパク質の同定、2) アルギニル化が起こらない胚の解析、3) 加齢卵子の質の向上の試みの3点の実施を計画しており、2022年度までに、未受精卵および初期胚においてアルギニル化されることが予想されるタンパク質の検出に成功し、ATE1-CKOマウスの生殖能力については、雄ではほぼ不妊、雌ではほぼ正常という対照的な結果が得られた。 2023年度は前年度までに検出されたアルギニル化タンパク質の絞り込みを実施し、初期発生の各ステージにおいてアルギニル化ののちに分解されるタンパク質の候補を同定した。また、アルギニル化が起こらない胚の解析のためにATE1を欠失した卵子の作製を試みたが、研究期間内には成功に至らなかった。 研究期間全体においては、計画通りには進まず、アルギニル化・N末端則を介して分解されるタンパク質の候補を同定するにとどまった。
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