研究実績の概要 |
細胞は、酸性度(以下pH)、温度、酸素に代表される様々な環境因子から影響を受け、適切に応答し適応することで生命が成り立っている。しかし、細胞外のpH変化に対して、細胞がどのように応答し、適切な適応機構が機能しているのか、よく理解されていない。外環境に直接触れる細胞膜脂質に着目し、pH変化で起きる膜脂質の変化を網羅的に解析した。その結果、細胞膜内層に局在し、細胞骨格制御やシグナル伝達の基質として機能する多機能脂質Phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate (PIP2)が、細胞外のpH状況に応じて内層から外層に移行することを見つけた。さらに遺伝子破壊網羅的スクリーニングの実施より、PIP2の移行制御に関与する膜タンパク質(以下X)を見出した。Xを欠損するゼブラフィッシュを作成し、その表現型を解析することで、細胞がpH適応する機構とその生理的意義を明らかにすることを目指した。初期胚を用いて、原腸陥入時に体の軸を作るaxial mesodermの中でより前方に位置しているprechordal plateと呼ばれる細胞の動きを観察した。その結果、野生型胚では細胞が集団となりcollectiveに細胞運動するのに比べて、X欠損胚では酸性化する周囲のpHに対して細胞が応答できず、細胞運動様式が変化することで、collectiveに動く集団から細胞が離脱していくことがわかった。また胚の表面を覆っている上皮細胞の主要な役割の一つは、外環境から胚を守ることにある。しかしX欠損胚では酸性環境に対する抵抗性が低下し、より死にやすくなることが明らかになった。これらの結果から、Xが細胞外環境のpHに対して細胞内でPIP2依存的な適応機構を誘導することで、発生過程を制御しうる、また個体のホメオスタシスを維持しうる、と結論づけた。
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