研究課題/領域番号 |
21K06037
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研究機関 | 長浜バイオ大学 |
研究代表者 |
依田 隆夫 長浜バイオ大学, バイオサイエンス学部, 准教授 (50367900)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 分子動力学シミュレーション / 抗微生物ペプチド |
研究実績の概要 |
本研究の研究対象である Crytpdin-4 (以下 Crp4)はマウスの小腸で発現しているα-ディフェンシンの一つである。脂質二重層と相互作用している抗微生物ペプチドの高分解能一分子観察が可能な全原子分子動力学シミュレーションは有力な研究手段であるといえる。 本研究において我々は、Crp4の抗菌作用機構を明らかにするため、陽溶媒全原子分子動力学法を活用した研究を行なっている。2021年度には我々が行なった脂質二重層形成シミュレーションのデータについて (1) 脂質分子の頭部、溶媒の水、およびイオンの膜法線方向の分布の解析を行い、また、 (2) 脂質二重層内部でCrp4複合体が観察されたシミュレーションデータから選択した5つのシミュレーションの延長 を行なった。得られた結果の概要は以下の通り: (1)では水、脂質分子の頭部、イオンがCrp4と相互作用した状態で膜中にも見出された。脂質分子の頭部やイオンでは、膜中でのCrp4との相互作用の様相がその正味の電荷に依存することが示唆された。(2)はデータの詳細な分析に至っていないが、3μsの間には多量体の膜からの排出は見られなかった。 α-ディフェンシンに属する抗微生物ペプチドはジスルフィド結合のパターンや折れ畳まれた立体構造は互いに似通っているがアミノ酸配列は多様であり、また、抗菌作用メカニズムにも相当な多様性が存在している。この多様性は立体構造そのものではなく、アミノ酸配列、あるいはペプチド分子の表面の性質やその分布に起因すると考えられ、抗微生物ペプチドの作用において存在するであろう脂質、水、低分子やイオンとの相互作用様式を解明することは重要である。よって本研究の成果は抗微生物ペプチドの作用機序の理解に資すると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
概要で述べた通り、2021年度には我々が行なった脂質二重層形成シミュレーションのデータについて (1) 脂質の頭部、溶媒の水、およびイオンの膜法線方向の分布の解析を行い、また、 (2) 脂質二重層内部でCrp4複合体が観察されたシミュレーションデータから選択した5つのシミュレーションの延長 を行なった。 (1) では以下の結果が得られた: (a) 脂質の頭部(PE, PG)はCrp4の表面に相互作用しつつCrp4とともに膜中にも見出された。(b) 正の正味の電荷を持つ PG は、Crp4単量体と相互作用しているときよりも多量体と相互作用しているときの方が膜の疎水領域に見出されやすいことが示唆された。他方、正味の電荷がゼロである PE についてはそのような傾向が見られなかった。(c) 水とイオンもCrp4の表面に相互作用しつつCrp4とともに膜中にも見出された。 (d) カチオン(Na+) はCrp4単量体と相互作用しているときよりも多量体と相互作用しているときの方が膜の疎水領域に見出されやすいことが示唆された。他方、アニオン(Cl-)についてはそのような傾向が見られなかった。また、これらの脂質組成依存性も分析した。(2)では、Crp4分子間の接触数の多い複合体構造が膜中に見出されたトラジェクトリーから5つを選び、シミュレーションを室温で 3μ秒延長した。その結果、これらの複合体はμ秒程度では膜から排出されなかった。(2) の詳細な分析は今後行う予定である。以上のように、本研究は概ね予定通りに進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は以下のように研究を進めていく。 (1)Crp4はカルジオリピンを含む脂質二重層に対しては高い活性を示す。そこで、Charmm c36m力場を使ってカルジオリピンを含む膜と含まない膜を正味の電荷を揃えて用意し、Crp4との相互作用様式の違いや共通点を探るための分子動力学シミュレーションを実施する。また、温度を400 K 程度の高温にすることにより、相互作用の平衡化および立体構造や分子の配置の変化をより短いシミュレーション時間で観察できるのではないかと期待している。高温がシミュレーションそのものの安定性を損なう可能性もあるので圧力制御の扱いなどを慎重に定める必要がある。 (2) 脂質二重層形成シミュレーションのデータに基づいて水、イオン、脂質分子の頭部の空間分布を2021年度に求めたが、α-ディフェンシンはアミノ酸配列の多様性が大きいが、これは分子表面の電荷や疎水性残基の分布の多様性をもたらす。そこで、Crp4表面のアミノ酸残基ごとにこれらの分子との相互作用の傾向についての分析を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究に使用する物品が想定よりも若干安価に調達できたため。 来年度以後は物価上昇の影響をうけ、当初予想よりも調達価格が高くなると考えられ、次年度使用額はその価格上昇分に当てる。
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