研究課題
非必須アミノ酸セリンの生合成系は一般的に予後の悪いがん種で活性化しているが、これはセリン代謝系を経由した葉酸代謝による核酸合成が旺盛な増殖能を賄うためと解釈されている。本研究は、難治性のがんにおいて活性化しているセリン生合成経路中の律速酵素PHGDHに着目し、その修飾レベルが酵素活性およびがんの増殖、化学治療への感受性に与える機構を明らかにすることを目的とする。最終年度は、昨年度明らかにしたPHGDHのメチル化部位に対する特異的な抗体を取得した。その結果、パクリタキセルに耐性を持つ乳がん細胞株では感受性株に比べ高いメチル化レベルを呈していた。また、パクリタキセル耐性株においてアルギニンメチル化酵素PRMT1ノックアウト細胞を樹立したところ、PHGDHのメチル化レベルが低下した結果、パクリタキセルに対する感受性が回復することがわかった。また、免疫不全マウスを用いたゼノグラフト実験においても、パクリタキセル耐性細胞に比べ、PRMT1ノックアウト耐性細胞では腫瘍形成能が低く、パクリタキセルに対する感受性が部分的に回復するなど、in vivoの実験でも立証できた。さらに乳がん患者の針生検の組織切片を用い、PRMT1およびメチル化型PFKFB3、PKM2、PHGDH抗体を用いて免疫染色を施行した結果、化学治療効果が奏功しなかった患者群において、がん細胞の核内で染色が認められ、染色陽性核数も奏功した群に比べ有意に高いものであった。以上のように、本研究によってトリプルネガティブ乳がんの化学治療抵抗性細胞では、3つの代謝酵素が同時にメチル化を受けることで脂肪酸合成が亢進するという代謝特性が明らかになった。加えて、これらメチル化修飾レベルの差異は細胞診における乳がんの悪性度の判定や、脂肪酸代謝への介入による抗がん剤の増強効果など、新しい治療標的となりうる知見が得られた。
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