渡り鳥が地磁気の伏角を認識する仕組みとして、網膜細胞の蛋白質クリプトクロム(CRY)の青色光励起によって発生したラジカル対の孤立電子の電子スピンを利用する「CRY仮説」が注目されている。しかし、同仮説が成立するには、磁力線とラジカル対の相対角を定めるために、細胞内の複数のCRYを規則的に配向・固定させる機構が必要であり、且つ、磁場情報をCRYから神経系に伝達する機構が必要である。本課題では、これらの機構解明に資する基盤研究を実施した。 申請者は2022年度までに、代表的磁覚保有種であるヨーロッパコマドリ由来CRY (erCRY4)とerCRY4受容体候補の一つである電位依存性カリウムチャンネルサブファミリーV(erKCNV2)の細胞内ドメインの一部(erKCNV2-2)を調製し、それらの構造・物性・相互作用様式を精査した。その結果、青色光照射時のerCRY4は、①三次構造が収縮する大きな構造変化を生じること、及び、②erKCNV2-2混在下では急激に多量体化し、一部は線維化・柱状化しうることなどが明らかになった。 2023年度は、erCRY4単独の自己会合性や構造的特徴を精査するために、幅広い空間スケール(実空間距離13~1500Å)のX線溶液散乱解析を実施した。同解析により、erCRY4単独は平均構造として平板状の多量体を形成しうることが明らかとなり、erCRY4/erKCNV2-2複合体とは異なる多量体構造形成を示唆する結果が得られた。これらの結果から、青色光存在下でerKCNV2-2とerCRY4が相互作用すると、その相互作用様式に即してerCRY4が細胞膜上に秩序的に配置・固定化され配向規則性が生じる可能性が明らかとなった。また、その相互作用・多量体化によって細胞膜上のerKCNV2が集合すれば、局所的な細胞膜電位に影響して磁場情報を神経系に伝達する可能性がある。
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