研究課題/領域番号 |
21K06098
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
田中 成典 神戸大学, システム情報学研究科, 教授 (10379480)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 温度生物学 / 生体高分子 / 熱伝導度 / 分子動力学法 / 細胞内夾雑環境 |
研究実績の概要 |
今年度はまず、水中に置かれたタンパク質内部の熱伝導度κならびに周囲の水との界面における熱伝達率Gを非平衡全原子分子動力学(MD)シミュレーションを用いて理論的に評価する研究を行った。タンパク質としてはミオグロビンと緑色蛍光タンパク質GFPを対象とし、球対称あるいは円筒対称性を仮定して立てた熱拡散方程式にMDにより得られるタンパク質の温度の時間変化をマッピングすることでκとGを求めることができた。得られた結果は実験値ならびに球対称を仮定した先行理論研究の値と概ね整合的であった。ミオグロビンの形状はおおよそ球対称だが、GFPはどちらかというと円筒対称の形状をしており、後者に対しては円筒対称性を仮定した異方的モデリングのほうがより現実的な理論評価値を与えると考えられる。さらに、周囲が純水ではなくKClなどの電解質溶液を用いた計算も行ったが、κやGに大きな変化は認められなかった。2021年度はまた、非平衡解離過程にあるタンパク質複合体における化学反応(発熱反応)に伴う温度・熱緩和のシミュレーション解析も行った。対象とした系はRas-GAP-GTP系で、GTPの加水分解により発生する自由エネルギーを用いてRas-GAPタンパク質複合体における解離が進行すると考えられている。このメカニズムを説明する従来の有力な仮説の一つ(J. Ross, 2006)として、GTPがGDPとPiに分裂した際に生まれる斥力的な静電相互作用エネルギーが方向性を持った運動エネルギーに変換されることが重要であるという説があったが、その是非を非平衡MDで系の局所的な温度や原子の速度ベクトルの方向相関の時間変化を詳しく調べることで検証した。その結果、タンパク質の構造変化に利用できる方向性を持った(質の高い)運動エネルギーやそれに付随した温度の緩和は極めて速く(1ピコ秒以内)、上記仮説は妥当ではないことがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初立案した研究計画に従い、水中のタンパク質に対する熱伝導度(thermal conductivity)と熱伝達率(thermal conductance)評価のシミュレーション手法の確立と実際の計算が行われ、満足な結果が得られた。また、化学反応に伴う非平衡状態にあるタンパク質複合体における局所的な温度変化・熱移動に関する分子シミュレーションも実行し、微視的な「運動エネルギーの質」と熱化に関する知見・洞察を得た。本基盤研究Cは2021年度が初年度であるが、このようにコロナ禍にも関わらず、研究は概ね順調に進展している。但し、研究室のスタッフや指導学生とのコラボレーションや、学会・論文発表は必ずしも当初の予定通りとはいかず、それらに充当することを想定していた予算の一部を2022年度に繰り越すこととなった点は残念である。
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今後の研究の推進方策 |
上でも述べたように、本研究計画の前半は概ね順調に進展しており、今後は後半の研究計画の実施に徐々に移行していく。大きな問いは、溶媒中の生体分子系のような空間的にも時間的にも不均一な系において「ミクロな熱とは何か」という問題に答えること、そしてその基礎的課題設定を軸に、平衡および非平衡(生体)分子シミュレーションにおける最適な熱浴設定のプロトコルを見出し、さらにはそれを用いて化学反応(特に発熱反応)プロセスの可能な限り精密なシミュレーション手法を確立することである。その大きな目標に向かって、まずは比較的少数自由度の非線形結合モデル系等を対象に、非平衡ミクロカノニカル動力学シミュレーションを行って、微視的な熱流を詳細に調べ、その系に対してどのように温度制御を行うのが望ましいかを試行錯誤することからスタートしたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
計画研究自体は概ね予定通り進捗したが、コロナ禍の影響もあって、研究室所属の学生とのコラボレーションや学会・論文発表などが予定通り遂行できず、旅費・人件費・謝金・学会参加費・論文出版費などが使用できなかった。加えて、本研究のために購入したワークステーションに付設するハードディスク等の導入が次年度にずれ込んだ。そのため、これらに充当することを予定していた使用額を次年度に回した。
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