研究課題/領域番号 |
21K06098
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
田中 成典 神戸大学, システム情報学研究科, 教授 (10379480)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 温度生物学 / 生体高分子 / 熱伝導度 / 分子動力学法 / 細胞内夾雑環境 |
研究実績の概要 |
昨年度に引き続き、水中に置かれたタンパク質内部の熱伝導度κならびに周囲の水との界面における熱伝達率Gを非平衡全原子分子動力学(MD)シミュレーションを用いて理論的に評価する研究を行い、その結果を学術論文として発表した(J. Comput. Chem. 44 (2023) 857)。球対称あるいは円筒対称の形状をもつタンパク質を考え、熱拡散方程式にMDにより得られるタンパク質の温度の時間変化をマッピングすることでκとGを求めることができる。前年度までの研究成果に加え、今まで慣性半径を用いて定義してきたタンパク質の大きさ(=周囲の水との界面)の見積もりを再検討することで、より正確な熱伝導度の評価が可能となった。得られた結果は実験値ならびに球対称を仮定した先行理論研究の値と概ね整合的であり、さらに、タンパク質の形状に依存する異方的熱伝導の理論的記述も可能となった。次に、結合振動子系を用いた熱エネルギー移動の問題に移ったが、その前に調和振動子系の熱力学をきちんと整理しておく必要を感じ、量子力学的扱いの再検討を行った。調和振動子系の波動関数は基底状態から任意の励起状態に至るまで量子力学の教科書で詳しく述べられているが、これを温度Tの熱浴中に置いた場合の分布関数の解析形等に関する記述は少ない。今回あらためて独自の方法で導出し、量子と古典、またミクロカノニカルとカノニカル記述の違いについて整理してノートとして報告した(J. Phys. Chem. Res. 4 (2022) 151)。この検討は、これから行う熱浴中の非線形結合振動子系の解析にとっても示唆的であり、特に、エネルギー一定のミクロカノニカル記述から温度一定のカノニカル記述への転換の際に着目すべきいくつかのポイントが明確となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初立案した研究計画に従って、水中のタンパク質に対する熱伝導度(thermal conductivity)と熱伝達率(thermal conductance)評価のシミュレーション手法の改良的確立と、ミオグロビンや緑色蛍光タンパク質を用いた実際の計算を行い、その成果を学術論文にまとめて報告した。また、その次の課題である、非線形結合振動子系におけるエネルギー移動と熱浴による温度制御の問題に関しても、基礎的な検討とともに、実際の解析にも着手し始めている。本基盤研究Cは2021年度からスタートし、研究は概ね順調に進展していると言えるが、但し、コロナ禍の影響もあって、研究室のスタッフや指導学生とのコラボレーションや、学会・論文発表は必ずしも当初の予定通りとはいかず、それらに充当することを想定していた予算の一部を繰り越すこととなった点はやや残念である。
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今後の研究の推進方策 |
上でも述べたように、本研究計画の前半は概ね順調に進展し、今後は後半の研究計画の実施に移行していく。大きな問いは、溶媒中あるいは細胞中の生体分子系のような空間的にも時間的にも不均一な系において「ミクロな熱とは何か」という問題に答えること、そしてその基礎的課題設定を軸に、平衡および非平衡(生体)分子シミュレーションにおける最適な熱浴設定のプロトコルを見出し、さらにはそれを用いて構造変化や化学反応(特に発熱反応)プロセスの可能な限り精密なシミュレーション手法を確立することである。その大きな目標に向かって、まずは比較的少数自由度の非線形結合振動子モデル系等を対象に、非平衡ミクロカノニカルおよびカノニカル動力学シミュレーションを行って、微視的な熱流を詳細に調べ、その系に対してどのように温度制御を行うのが望ましいかを試行錯誤し、適切な熱浴モデルを提案したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
計画研究自体は概ね予定通り進捗したが、コロナ禍の影響もあって、前年度に引き続き、研究室所属の学生とのコラボレーションや学会・論文発表などが予定通り遂行できず、旅費・人件費・謝金・学会参加費・論文出版費などが当初計画のように使用できなかった。加えて、本研究のために購入したワークステーションに付設するプロセッサやハードディスク等の導入が一部次年度にずれ込んだ。そのため、これらに充当することを予定していた使用額を次年度に回した。
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