R5年度は、2000年にタンパク質の分子動力学(MD)シミュレーションを通じて提案された非線形結合振動子モデルにおけるエネルギー移動の詳細解析を中心に研究を進めた。このモデルは、4つの振動モードとその間の非線形結合から構成され、主に1つのモードに与えた振動エネルギーが、フェルミ共鳴によって長時間かかって他のモードに移行し、再び元のモードに戻ってくるという再帰現象を示す。その長時間の振舞いは、繰り込み群の手法を用いて振幅方程式により近似的に記述することもできる。以前の解析では、このモデルのオリジナル論文で示されたMDの結果を再現することに専念していたが、今回は初期条件として系に加えるエネルギーの大きさを様々に変えたミクロカノニカルMDシミュレーションを長時間かつ多数回実行して、モード間のエネルギー移動や各モードおよび全系の温度変化の様子を詳しく調べた。まず、4つの振動モードの初期エネルギーを5:1:1:1の比で様々な大きさで与えたところ、全エネルギーが小さい場合には長時間後もエネルギー等分配が実現せず、異なる温度のままであった。与える全エネルギーを大きくしていくと、あるエネルギー以上でほぼ等分配(各モードの温度が同一)となったが、その閾値付近でエネルギー対温度の関係において期待した熱力学的な異常は今のところ発見できていない。一方、4つのモードに与える初期エネルギーを同一にしたところ、興味深いことに、低エネルギー領域でエネルギー等分配が自発的に破れる現象が見出された。即ち、最初は4モードの温度は同じであったが、ある時間経過の後に、モード毎の温度に有意な差が見られ始め、長時間後の収束値は初期エネルギー5:1:1:1の場合と同様異なった。この結果は非線形系におけるエネルギー移動にはまだ未解明の領域があることを示唆しており、R4年度までの熱伝導解析と合わせ、研究を継続中である。
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