研究課題/領域番号 |
21K06118
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研究機関 | 大学共同利用機関法人自然科学研究機構(新分野創成センター、アストロバイオロジーセンター、生命創成探究 |
研究代表者 |
奥村 久士 大学共同利用機関法人自然科学研究機構(新分野創成センター、アストロバイオロジーセンター、生命創成探究, 生命創成探究センター, 准教授 (80360337)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 分子動力学シミュレーション / アミロイド線維 / アミロイドβペプチド / 赤外線レーザー |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病はアミロイドβ(Aβ)ペプチドが凝集してできたアミロイド線維が原因で発症すると言われている。アミロイド線維とはタンパク質が間違って折りたたんでできた線維状の不溶性物質である。近年、赤外線レーザーを照射してAβのアミロイド線維を破壊し、治療法開発に役立てようという試みがある。この破壊機構についてこれまではC=Oの伸縮振動に共鳴するレーザーを照射するとC=Oの振動が増幅され、C=OとN-Hの間の分子間水素結合が破壊されるので、アミロイド線維が破壊されると考えられてきた。しかし、最近の実験で、乾燥していると赤外線レーザーを照射してもアミロイド線維が破壊されないことが明らかになった。この事実はアミロイド線維破壊に水分子が重要な働きを担っていることを示唆している。しかし、これまで考えられてきた破壊機構に水分子は含まれていない。そこで本研究では水分子の役割を解明するため、赤外線レーザーを照射してAβアミロイド線維を破壊する非平衡分子動力学シミュレーションを行った。その結果、水分子がアミロイド線維を破壊する新たな機構を以下のように発見した。アミロイド線維中のC=OとN-Hが形成する分子間水素結合は、レーザーパルスが照射されるたびに切断される。しかし、これらの結合は多くの場合その後自然に再形成される。だが、C=OとN-Hの間にたまたま水分子が入り込むと水素結合の再形成が阻害され、そこが欠陥となり、分子間βシートの全ての水素結合が切断されるのである。さらに、レーザーでアミロイド線維を破壊するとαヘリックス構造が多く形成されることも発見し、その理由も突き止めた。αヘリックス構造はC=OおよびN-Hが分子内で水素結合を形成し、露出していないため凝集しにくい。このため、赤外線レーザーを照射すると凝集しにくいモノマー状態を保ちやすく、体外に排出するのに有利であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
赤外線レーザー照射によりAβペプチドのアミロイド線維が破壊される際の水分子の機能を初年度にして解明することができた。これまでは赤外線レーザーによりアミロイド線維が破壊される際に水分子が決定的な働きをしているとは考えられていなかったので、本研究で明らかになった水分子の機能は誰も予想していないものであった。さらに赤外線レーザー照射でAβペプチドのアミロイド線維が破壊されるとαヘリックス構造が増える理由も解明できた。アミロイド線維破壊のメカニズムだけでなくαヘリックス構造が増加するする理由まで解明できたのは、当初の計画以上である。これらの成果を英語の原著論文(H. Okumura, et al.: “Role of water molecules in the laser-induced disruption of amyloid fibrils observed by nonequilibrium molecular dynamics simulations”, J. Phys. Chem. B 125 (2021) 4964)に発表した。以上の理由により、当初の計画よりも速く研究が進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
アミロイド線維はアルツハイマー病意外にも40種類以上の神経変性疾患の原因となっている。昨年度、我々はアルツハイマー病の原因とされるAβペプチドのアミロイド線維にレーザーを照射する分子動力学シミュレーションを行い、その破壊には水分子が重要な働きを担っていることを解明した。今後はポリアラニン病の原因とされるポリアラニンなどAβ以外のアミロイド線維が赤外線レーザーで破壊されるメカニズムを水分子の役割に注目しながら解明する。Aβペプチドのアミロイド線維のシミュレーションと同じように、アミロイド線維中の分子間βシートを形成しているC=O伸縮振動の共鳴周波数で振動する電場をかけることで、レーザー照射を模した非平衡分子動力学シミュレーションを行う。実験と同じように一定時間間隔をあけて次々とパルス状の電場をかける。これらのアミロイド線維について分子間βシート構造の壊れやすさを比較する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の拡大により当初予定していた学会出張ができなくなった。そのため、次年度使用額が生じた。現在、対面での学会が再び開催されつつあるので、日本蛋白質科学会や日本生物物理学会などで成果を発表し、情報収集するために使用する。海外での新型コロナウイルス感染症の状況によっては、アメリカ生物物理学会やヨーロッパ生物物理学会などへの出張を行うためにも使用する計画である。
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