研究課題/領域番号 |
21K06120
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研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
秋山 昌広 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 准教授 (80273837)
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研究分担者 |
末次 正幸 立教大学, 理学部, 教授 (00363341)
日詰 光治 埼玉医科大学, 医学部, 講師 (10378846)
大島 拓 富山県立大学, 工学部, 准教授 (50346318)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 複製阻害 / 複製ストレス / ヌクレオチド欠乏 / チミン飢餓死 / ゲノム安定化 / 染色体構造解析 / 人工染色体 / 染色体構造タンパク質 |
研究実績の概要 |
複製フォークはDNAを複製しながらゲノム上を進行する。この時、複製フォークでは、DNAポリメラーゼがチミンを含む4種類の基質を重合してDNAを合成する。チミンの欠乏状態では、この酵素反応の基質が一つ不足するために、複製フォークの進行が阻害される。それだけでなく、細胞が迅速に、かつ、急激に生存力を失う「チミン飢餓死」という現象を生じる。チミン飢餓死は今から60年以上前に発見され、この現象を起こす抗菌剤や抗がん剤が医療現場で長年広く使用されている。しかし、細胞内の複製フォークの動態が、微生物でも真核生物でもゲノム全体のレベルで明らかでないため、未だにチミン飢餓死のメカニズムは謎のままである。 研究代表者は、チミン不足の大腸菌細胞で、複製フォーク進行がゲノムのどの位置でも同じように阻害されるのではなく、複製開始点oriCの両側近傍に位置する約200kbのゲノム領域(複製遅延領域FTZ: Fork Trapping Zone)で高頻度にに阻害されることを見出した。さらに、これらの二つのFTZで囲まれたoriC周辺領域はチミン飢餓死で消失するゲノムDNA領域と一致した。そこで、本研究では、「チミン不足時に、選択的にFTZで複製フォークの進行を阻害する仕組みと、その役割は何か」というオリジナルな問いに対する答えを明らかにして、チミン飢餓での複製阻害とゲノム不安定化のメカニズムの解明を目指す。 これまでに、oriC左側のFTZ領域(L-FTZ)のコア領域を含む人工染色体(L-FTZ人工染色体)を構築した。また、複製フォークの解析を進めるために、このL-FTZ人工染色体を大腸菌の複製タンパク質を用いてセルフリー複製したり、大腸菌細胞内で安定に維持したりすることができた。さらに、複製フォークの動態をより詳細に解析するために、DNAポリメラーゼのゲノム分布を決定できる実験系を新たに構築した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2021年度に、複製開始点oriCの左側に位置するFTZ (L-FTZ)のコア領域(約50 kb)を持つ人工染色体(L-FTZ人工染色体)を構築し、試験管内でセルフリー複製した。2022年度には、原子間力顕微鏡(AFM)を用いてこのDNA複製産物を観察し、人工染色体DNAを検出できた。また、L-FTZのコア領域の遺伝子群を相補して、この領域をゲノムから欠失させるために、FTZ人工染色体を大腸菌細胞に導入した。しかし、この人工染色体は細胞中で安定に維持されなかった。そこで、L-FTZ人工染色体を改良してDNA複製能とDNA分配能を強化し、大腸菌細胞中で第二染色体としてL-FTZ人工染色体を安定に維持させることに成功した。 これまでは、複製フォークのDNAポリメラーゼが重合するチミン類似体(ブロモ・デオキシウリジン)のゲノム分布を解析することによって、複製フォークを間接的に検出してきた。2022年度では、DNAポリメラーゼの分布をゲノム全体のレベルで解析できる実験系を新たに構築した。この実験系によって、チミン不足時に不可逆的に停止した複製フォーク(ブロモ・デオキシウリジンを重合できない複製フォーク)を初めて検出できるようになり、複製フォークの動態をより詳細に検討できるようになった。 これらは本計画において重要な成果であるが、大部分が解析のための準備段階であることから、進捗状況はやや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
1.L-FTZ人工染色体のセルフリー複製産物の解析:L-FTZ人工染色体をチミン不足条件でセルフリー複製し、原子間力顕微鏡(AFM)で観察して、複製フォークなどの特定のDNA構造をFTZに観察できるかを検討する。さらに、染色体構造タンパク質H-NSを結合させたL-FTZ人工染色体をセルフリー複製して、FTZでの複製フォークの進行遅延とH-NSとの関係を解析する。これらの解析を研究分担者の日詰や末次と共同で行い、複製フォーク進行の阻害に働くゲノム構造を明らかにする。 2.L-FTZのコア領域を欠損した大腸菌の作製と解析:L-FTZ人工染色体を第二染色体として大腸菌細胞に導入して、この領域の必須遺伝子群を相補しながら、部位特異的な組換え酵素Clpを用いてL-FTZのコア領域をゲノムDNAから欠失させる。この欠失変異細胞の作製は研究分担者の大島と共同して行う。さらに、この欠失細胞をチミン不足に曝して突然変異頻度を解析し、チミン不足時における染色体の不安定化とL-FTZの関係を明らかにする。 3.DNAポリメラーゼのゲノム分布の解析:チミン不足に依存して、可逆的、および、不可逆的に停止した複製フォークを、DNAポリメラーゼのゲノム分布によって解析する。この解析から、DNAポリメラーゼが高頻度に停滞する領域をゲノム全体のレベルで検出し、複製フォークの停滞領域と、FTZとの関係を明らかにする。これらの解析は、研究分担者の大島と共同で行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度に実施できなかった次世代シークエンサーとAFMを用いる実験のために、2023年度に一部の経費を繰り越して、これらの実験に必要な消耗品を購入する費用と、機器解析の費用に使用する。
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