研究課題
フタホシコオロギの後脚を脛節で切断すると、創傷部位がかさぶたに覆われ、創傷部周辺にToll受容体を発現するプラズマ細胞(昆虫のマクロファージ)が遊走する。プラズマ細胞はサイトカインを産生して周辺の細胞分裂を増加させ、再生芽の形成を促進する。傷口へのプラズマ細胞の遊走は、微生物等の感染ではなく、障害された細胞由来のDAMPsがきっかけであった(Bando et al., Development, 2021 (in press)、板東ら, 昆虫と自然, 2021)。再生時におけるプラズマ細胞の機能をより詳細に解析するため、プラズマ細胞から産生される活性酸素種(ROS)に着目した。細胞外にROSを産生するNADPH oxidasesは、コオロギではNox5とDuoxの2遺伝子にコードされている。Nox5(RNAi)個体は正常に再生したが、Duox(RNAi)個体では再生芽の肥大や幼虫成長の不全が観察された。Duox maturation factor (DuoxA)に対するRNAi個体でも再生能の低下が観察されたことから、ROSの産生は再生芽細胞の増殖制御に関わると考えられた。しかしながらNADPH oxidases阻害剤処理したコオロギでは再生芽の肥大は観察されず、再生能が低下する表現型が観察された。そこでROSに応答する転写因子複合体Keap1/Nrf2の再生過程における機能を調べた。Keap1(RNAi)個体では再生能の低下が見られたが、Nrf2(RNAi)個体は脱皮不全を起こして再生過程への影響は不明であった。Nrf2の標的遺伝子の1つcatalaseに対するRNAiを行った場合は再生能が低下したため、ROSの消去が低下して高ROS状態になっても再生能が低下すると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
これまでの研究から、プラズマ細胞に発現するToll受容体がDAMPsを認識して創傷部位周辺に集まり、サイトカインを産生して細胞増殖を増加させて再生芽の形成を促すことが分かった(Bando et al., Development, 2021 (in press)、板東ら, 昆虫と自然, 2021)。サイトカイン遺伝子の発現はToll受容体シグナルの下流で働く転写因子NFkBに制御されていたが、Toll受容体が感染性微生物を認識した時は転写の活性化が起こらず、DAMPsを認識した時のみサイトカイン遺伝子の発現が活性化する機構は不明であった。微生物感染時と組織損傷時の違いを明らかにするため、組織損傷時に産生されるROSに着目した。細胞外に放出されるROSはNADPH oxidasesによって産生される。コオロギはNADPH oxidases遺伝子としてNox5とDuoxの2遺伝子を持ち、Nox5は再生に必要ではなかったが、Duoxは再生芽細胞の増殖抑制や幼虫の成長に重要であった。Duoxの補因子であるDuox maturation factor (DuoxA)や、ROSの消去に働くKeap1/Nrf2複合体も再生に重要であった。一方で、NADPH oxidasesに対する阻害剤Apocyninを投与したコオロギは再生能が低下し、Nox5(RNAi)やDuox(RNAi)とは表現型が異なっていた。またNrf2の標的遺伝子の1つでROSの消去に働くCatalaseも再生に必要であったことから、組織の損傷によって適切な濃度のROSが産生されることが脚再生に必須であることが分かった。今後はDAMPs認識時や微生物感染時のROS関連分子の転写制御機構を調べていきたい。
細菌感染時と組織損傷時で発現制御される標的遺伝子が異なることから、Tollシグナルの下流で機能する機能するNFkBと共役するエピジェネ因子が標的遺伝子の切り替えに関わっていると思われる。環境に応じて発現が切り替わる遺伝子としてROS関連遺伝子に着目しており、ROSに応答する転写因子Nrf2を介した転写制御や、Nrf2標的遺伝子の1つcatalaseの発現制御領域の探索などを行っていく。またNFkBによる標的遺伝子の発現制御についても、サイトカイン遺伝子の発現制御領域や再生時特異的なエピジェネティック制御の探索を行いたい。
理由:論文の追加実験で研究計画になかった実験を行う必要があり、計画していた実験を行えなかったため。また新型コロナウィルス感染症の感染拡大により参加予定であった学会がオンライン開催となったため旅費が必要なくなったため。使用計画:ROSについての実験を進めており、そちらで研究が進展しているため、引き続き研究を発展させる。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (2件) 備考 (2件)
Development
巻: 149 ページ: dev199916
10.1242/dev.199916
Communications Biology
巻: 4 ページ: 733
10.1038/s42003-021-02197-9
昆虫と自然
巻: 57 ページ: 33-36
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id900.html
https://www.okayama-u.ac.jp/tp/news/news_id11026.html