研究課題/領域番号 |
21K06142
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
前田 智也 北海道大学, 農学研究院, 助教 (10754252)
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研究分担者 |
横田 篤 北海道大学, 農学研究院, 教授 (50220554) [辞退]
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 中枢代謝 / 適応的実験室進化 / 酸化的リン酸化 / 大腸菌 / コリネ型細菌 / 呼吸鎖 |
研究実績の概要 |
本研究では、発酵産業に重要な大腸菌やコリネ型細菌の発酵生産効率の向上を目的として、中枢代謝が活性化している様々な呼吸鎖酵素欠損株の適応的実験室進化を行うことで、産業微生物の細胞増殖と目的物質生産のバランスを最適化させる方法を明らかにすることを最終目的としている。 大腸菌やコリネ型細菌において、酸化的リン酸化の阻害によるエネルギー欠乏の誘導が糖代謝などの中枢代謝を活性化させる一方、著しい増殖悪化を引き起こすことが先行研究から明らかにされている。申請者は、本研究において、エネルギー欠乏株の多くが酢酸を単一炭素源として生育できない、または著しく生育が阻害されることを見出した。酢酸を単一炭素源とした場合、取り込んだ酢酸をまず活性化してアセチルリン酸へ変換する過程で1分子のATPを消費し、その後基質レベルのリン酸化では1分子のATPしか合成できないため、ATP合成は酸化的リン酸化に依存していると考えられる。そのため、酢酸を単一炭素源とする選択圧をかける実験室進化を行うことで、酸化的リン酸化が阻害されているエネルギー欠乏株において、エネルギー欠乏への潜在的な適応能力が活性化された進化株が出現し得るのではないかと考えた。そこで今年度は、まず大腸菌の様々な呼吸鎖酵素を欠損したエネルギー欠乏株6株を親株として、酢酸最少培地を用いた適応的実験室進化を行った。適応的実験室進化は、コントロールとして呼吸鎖を欠損していない野生株を用い、また同一培養条件における反復数4として合計28系列行った。このような適応的実験室進化により、酢酸最少培地における生育が回復または、増殖速度が向上した進化株を取得することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大腸菌において、呼吸鎖、ATP合成酵素、およびNADHとNADPHを相互変換するトランスヒドロゲナーゼに着目し、これらの単独、および多重欠損株の構築を行った。構築した様々な欠損株において、ATP合成酵素の欠損、トランスヒドロゲナーゼであるSthAの欠損、2種類のNADHデヒドロゲーゼNDH-IとNDH-IIの二重欠損、およびNDH-Iとシトクロムboオキシダーゼの二重欠損株はいずれも酢酸を唯一の炭素源とした場合、増殖できないことを見出した。そこで、酢酸最少培地では増殖することができないこれらの変異株を、酢酸最少培地において長期間培養を継続すると、次第に増殖の開始が観察された。そこで、これらの培養液をさらに酢酸最少培地において継代培養することで、酢酸を唯一の炭素源として生育できるように進化した適応進化株を取得することに成功した。また、NDH-Iとシトクロムboオキシダーゼの単独欠損株は、酢酸最少培地において野生株よりも著しい増殖阻害を示したため、これらの欠損株についても、野生株と共に酢酸最少培地における継代培養実験を行った。その結果、より増殖阻害が顕著に見られたNDH-Iの欠損株については菌体形成量と増殖速度の両方が著しく向上した進化株を得ることに成功した。 このように、エネルギー合成が酸化的リン酸化に大きく依存している条件下において、酸化的リン酸化が阻害されていても生育できるように適応進化した株を得ることができたことから、未知のエネルギー獲得機構の存在が予見され、当初の構想を上回る成果が期待できるため、研究は順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
次年度では、まず得られた大腸菌進化株の全ゲノムリシーケンス解析を行うことで、酢酸最少培地では生育することができなかった呼吸鎖などの欠損変異株が、どのような変異を獲得することで酢酸を唯一の炭素源とする環境に適応進化できたのか明らかにする。同一条件下における4つの独立進化系列間における共通変異解析を行うことで、酢酸最少培地における生育の回復に寄与した変異を同定する。さらに、同定した変異を親株に導入することで、変異の効果を検証する。また、進化株や変異導入株に対して、糖消費速度や有機酸生成プロファイルなどの代謝能を解析することで、酸化的リン酸化抑制変異株の増殖を改善するメカニズムを明らかにしていく予定である。 また次年度では、大腸菌に続き、コリネ型細菌を対象とした酸最少培地を用いた適応的実験室進化も行うことで、大腸菌とコリネ型細菌について、エネルギー欠乏への適応機構における共通性と個別性を明らかにしていく計画である。
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