研究課題/領域番号 |
21K06183
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
道上 達男 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (10282724)
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研究分担者 |
山元 孝佳 東京大学, 大学院総合文化研究科, 助教 (70724699)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 外胚葉パターニング / ツメガエル / 力 / 予定プラコード |
研究実績の概要 |
神経板・神経堤・プラコード・表皮からなる外胚葉各領域の正確な規定は、胚発生を確実に行う上で必須である。外胚葉領域の部域化にはリガンドの濃度勾配とそれに応答するシグナル経路が関与するが、細長い領域である神経堤・プラコードを正しく形成するには何か別の仕組みも必要であると考えられる。近年、シグナル経路のON-OFFに物理的な力が関与する研究が報告されているが、シグナル経路、細胞張力、外胚葉パターニングの三者を直接結びつけた研究はまだまだ少ない。そこで本課題ではツメガエル胚およびヒトiPS細胞を用い、部位特異的な張力が外胚葉パターニングにどのような影響を与えるかについて調べるとともに、伸展刺激により外胚葉パターン(あるいはそれを制御する細胞内シグナリング)が変動する根拠は何か、その分子メカニズムを明らかにすることを目的としている。これまで、カエル胚を用いた研究では、伸展刺激がBMPシグナルの細胞内因子Smad1のリン酸化を亢進させること、同じく伸展刺激により神経堤マーカーの発現量が増加すること、細胞のアピカル面を収縮させることで外胚葉の一部に人為的な張力を発生させたとき神経堤領域の拡大が見られることなどを明らかにした。またヒトiPS細胞を用いた研究では、細胞の伸展刺激によりプラコード遺伝子の発現が上昇することを明らかにした。令和四年度では、カエル胚に遠心刺激を与えると神経堤領域が拡大すること、逆に外胚葉細胞の張力を弛緩すると神経堤領域が縮小することを明らかにした。また、胚表面の吸引率測定の結果から、外胚葉の剛性が領域ごとに異なることが分かった。このことは外胚葉各領域にかかる張力の違いを示唆しており、領域特異的な力発生の根拠の一つであると考えられる。ヒトiPS細胞を用いた実験でも、神経堤・プラコードの分化と伸展刺激の強度との関係が明らかになりつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
①胚に様々な力を付加した際の、神経板・神経堤・神経板境界の発現パターンや発現量の変化を調べる実験を重点的に実施した。昨年度はplekhg5の注入により神経堤近傍の張力を異所的に上昇させると神経堤マーカーfoxd3発現領域の拡大が見られたため、胚に遠心刺激を加えた時の効果を検証した。その結果、予想通り遠心刺激により神経堤領域の拡大が観察された。逆に、異所的な張力弛緩を行うためスクランブラーゼXK1を胚に微量注入しその影響を観察したところ、神経堤の縮小が見られた。更に、神経堤領域付近をレーザー・メスで部分切断してもやはり神経堤の縮小が見られた。以上より、神経堤の誘導には張力がかかることが重要であることが示唆された。②神経堤(付近)に特異的な張力が生じる要因の一つとして、各外胚葉領域の剛性の違いを想定し、ピペット吸引による胚表面の吸引度の測定を各領域において行った。その結果、神経板領域では吸引度が低く、逆に表皮では吸引度が高いという結果を得た。この結果は、神経板と表皮の剛性が異なっていることを示唆しており、神経板境界で特異的に張力が発生しているという可能性を支持する。③ヒトiPS細胞からの神経細胞分化における張力の影響を引き続き調査している。汎プラコード遺伝子Six1と異なり、神経堤遺伝子(Sox10など)については、伸展刺激により発現量の減少が見られた。この結果は、ツメガエル胚の結果とは異なるが、ツメガエル胚で顕著な結果が得られているfoxd3は初期分化マーカーであるため、力の関与が時期依存的であることも推察される。④物理的な力の付与によるBMPシグナルの強度変化については、ヒトiPS分化系でもSmad1のリン酸化を調べたが、本分化系では強くBMPシグナルが抑制されており、Smad1リン酸化の亢進を見ることが出来なかった。
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今後の研究の推進方策 |
来年度の実施を予定している研究は以下の通りである。①張力付与による神経堤拡大の結果をより確かにするための実験を行う。その一つは、神経堤・神経板境界特異遺伝子の免疫染色(転写因子のため核が染色される)による細胞数カウントにより、張力付与で確かに神経堤細胞の細胞数が増加しているかを検証する。また、観察するマーカー遺伝子の数を増やし、現在得られている、神経堤形成における力の重要性をより確かなものにする。②胚の剛性測定から、部域ごとにかかる力に違いがある可能性が示されたものの、解像度は現時点で十分ではない。そこで、原子間力顕微鏡(AFM)を用いた測定を行うことにより、詳細に胚表面の剛性を測定し、部域と剛性との関連性についてより詳細に検討する。これは、神経板境界領域に特異的な張力が発生する根拠を説明する上で重要であると考えている。③iPS細胞を用いた分化系については、張力の強弱と個々の神経細胞分化への影響の大小との関係を更に調べるとともに、張力付与のタイミングと分化指向性との関係についても検討する。また、細胞骨格の重合阻害による影響の有無、さらには神経堤形成に関わると考えられているFGF経路の変動についても解析を進める。④力と外胚葉パターン形成との関連を説明する分子機構については、昨年度行えなかったLIMK1の解析も行うとともに、それ以外の観点、例えばカエル外胚葉片を細胞骨格重合・モータータンパク質の阻害剤で処理することによる神経堤領域形成の影響なども調べることとする。 なお、今年度はこれまでに行ってきた研究成果をまとめ、1-2報の論文に公表することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
R4年度はほぼ支給額通りの支出を行ったが、R3年度残額に相当する分を持ち越すことになる。今年度は、3年目として研究のとりまとめをおこなうとともに、複数の国内学会参加を予定しており残額の全てが必要となる見通しである。
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