Pitx2は左心房に極性をもって発現する転写因子であり、同様に左心室に極性をもって発現する転写因子Tbx5が心室中隔形成に重要な役割を担っていることから、Pitx2の極性をもった発現も心臓の形態形成に何らかの役割を担っていると考えられた。そこで、Pitx2を心臓全体に発現するマウス(Pitx2異所性発現マウス)を作出したところ、胎生12.5日目頃に致死となり、房室管およびその内部の心内膜床の形成に顕著な異常が認められた。加えて、心房中隔の形成不全や右心房の個性が阻害される表現型が認められた。このような心臓の形態異常が、どのような遺伝子の発現変化によって引き起こされるのか明らかにするために、シングルセルRNA-seqを行い、細胞種ごとにPitx2異所性発現心臓において発現が変化している遺伝子の探索を行った。その結果、Pitx2異所性発現心臓には特徴的な内皮細胞の集団が存在することが見出され、心筋ではWntシグナルに関与する遺伝子の発現が大きく変化していることが見出された。さらに、シグナル分子を介した心内膜と心筋の相互作用に着目し、発現変化しているリガンドや受容体に着目して解析をすすめたところ、Pitx2異所性発現心筋ではAngpt1の発現減少とVegfaの発現亢進が認められた。Angpt1やVegfaは細胞外基質の合成に関与する因子であり、これらの発現が変化することで、Pitx2異所性発現心臓では細胞外基質の過剰な蓄積が生じ房室管の形態異常が引き起こされたと考えられた。また、Pitx2異所性発現心筋では洞房結節マーカー遺伝子の発現減少も認められ、洞房結節マーカーであるHCN4の発現領域を調べたところ、洞房結節が縮小していることが見出された。
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