研究課題
性決定は雌雄を持つ生物にとって共通のイベントであるが、そのメカニズムは多様性に富んでいる。植物でも、雌雄異株の種子植物において性決定因子が複数報告され、その多様性が明らかにされてきているが半数体世代での性決定についての知見はこれまでに少ない。陸上植物の基部で分岐したコケ植物は半数体世代において性を持つ。苔類ゼニゴケにおいて、雌の性染色体にコードされるMpBPCUを性決定因子として報告していた。雄の性染色体上には性染色体間相同遺伝子であるMpBPCVが存在しており、MpBPCUとMpBPCVは共通して有性生殖誘導に機能を持つことが明らかになった。系統解析の結果から、コケ植物に属する、タイ類、セン類、ツノゴケ類のBPCはそれぞれ別のクレードに、さらにタイ類はBPCU型とBPCV型に分かれることがわかった。これらから、BPCU型とBPCV型は、タイ類が分岐した後に機能分化したと考えられた。これまでに、苔類のBPCが進化の過程でどのように機能分化してきたかを明らかにするため、セン類ヒメツリガネゴケのBPC(PpBPC)を、ゼニゴケのMpbpcU変異体背景において発現させたところ、植物体が雌の表現型を示したことから、タイ類とセン類の共通祖先においてBPCは分子的には雌性化と有性生殖誘導の両方に機能を持っており、苔類の進化の過程でBPCVが雌性化能を失ったことが示唆されていた。本年度は、MpbpcUの雌性化に重要なドメインにおける、MpBPCUとMpBPCVのアミノ酸配列の違いに着目して研究を進めた。
2: おおむね順調に進展している
これまでにゼニゴケのMpBPCUとMpBPCVのドメインスワップ解析から、MpBPCUとMpBPCVの機能差を生み出す領域が同定されていた。そこで、その領域におけるアミノ酸配列をまずMpBPCUとMpBPCV間で比較した。またヒメツリガネゴケのPpBPCは、ゼニゴケにおいて発現させるとMpBPCUと同様に雌性化能を持つことから、苔類のBPCV型が進化の過程で雌性化能を失ったことが示唆されていたことから、タイ類、セン類、ツノゴケ類のアミノ酸配列を比較し、BPCV型が進化の過程で変化した保存された3つのアミノ酸に着目した。これら3つのアミノ酸はPpBPCにおいては全てBPCU型であった。そこで、これら3つのアミノ酸をMpBPCUとPpBPCにおいてBPCV型に変化させ、MpbpcU変異体背景において発現させたところ、雌の表現型を示した。一方、MpBPCVにおいて、これら3つのアミノ酸をMpBPCU型に変え、同様にMpbpcU変異体背景において発現させたところ、雌の表現型を示した。これらから、少なくとも、これら3つのアミノ酸をMpBPCVにおいてBPCU型に変化させると、BPCVに雌性化能が付与させることが示された。また進化的な保存性をさらに確かめるためツノゴケのBPCを発現するゼニゴケの株の作出が完了した。今後、この株において雌雄の表現型の解析を進める予定である。
これまでにゼニゴケのMpBPCVの3つのアミノ酸をBPCU型に置換すると、MpBPCVに雌性化能が付与されることを示している。そこで、この3つのアミノ酸のうちどのアミノ酸の寄与が大きいかを調べるため、3つのうち1つずつまたは2つずつ置換を入れたMpBPCVを、MpbpcU変異体背景で発現する株を作出する。これらの株を、まず生殖器托の形状、雌雄の生殖器の発生を観察することで雌雄を評価する。またゼニゴケにおいて、常染色体上の遺伝子FGMYBとその逆鎖のlncRNAであるSUFの発現制御により生殖始原細胞の性分化の制御機構が明らかにされている。SUFが転写されている状態においてFGMYBの発現は抑制されるが、SUFの転写が抑制された状態ではFGMYBは発現する。これまでにBPCUがSUFを抑制することでFGMYBの発現を促進し、雌性化が起こると考えられている。そこでこれらの株においてFGMYBとSUFの発現量を定量することでも雌雄を評価する。またツノゴケのBPCをゼニゴケのMpbpcU変異体において発現させた株でも同様の評価を行なう。シロイヌナズナは BPCを7遺伝子もち、その一部は卵細胞を含む胚珠の発生を制御することが知られる。そこでシロイヌナズナのBPCがゼニゴケでも機能し得るかまた雌性化能を持つかを解析し、さらにそれらのアミノ酸配列から植物進化の中でのBPC機能の変化を考察する。
解析を進める中で、当初予定していた研究計画の順番を一部変更した方が進めやすいと判断した。このため、RNAseq解析費用の使用予定が次年度となった。この使用が遅れた研究費については、次年度に当初の計画通りに使用する予定である。
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